諸々ファンタジー5作品
もう後戻りは出来ないのだと言われ・・
変化(へんげ)した大鷹くんは、通常とは異なる存在。
当然だと言われればそうだ。アヤカシなのだから。
「鵺は人に災いを告げる。当然、アヤカシの姿で告げるべき……まさか今まで、その姿で告げて来たのか?」
頭が真っ白になる。自分がしてきた愚かな行為。
「……うん。私は役目を背負い、告げるべきだと……この姿で。」
この身に恨みを受けてきた。
当然だ。近い未来を、それも不吉を告げて受け入れられるはずなどない。
込み上げる涙。
大鷹くんは、そっと私の零れた涙を拭う。
「そうか、今まで頑張って来たんだな。よくやったね。」
視線を合わせることも出来ず、溢れて止め処なく零れ続ける涙。彼の両手が頬に添えられ、涙は優しく拭われた。
少しの沈黙の後、彼の手が離れて私は目を上げる。
視界に迫る状況に、驚きと戸惑いが生じた。
彼は私を抱き寄せ、強い力と温もりを伝えたから。
何が一体、どうなったのか。そこには確かに光莉がいたはずだ。
「あの、大鷹くん?もう、落ち着いたから離して。光莉?居るんだよね、大鷹くんに説明して。何とかして……お願い。」
強く拒絶することも惑い、混乱した私から離れた大鷹くんは笑顔を向けた。
「ごめん、あまりに可愛くて。」
素直な言葉に、思わず赤面して視線を逸らす。
「調子にのんな、ぼけぇ。私にも背があれば、あんたなんかに負けへんのやけんな。」
光莉は、あきれた表情で大鷹くんの足に蹴りを入れた。
「痛っ。地味な攻撃するとかヤメロ。」
いつもの二人の様子に、思わず笑みがもれた。
いつのまにか大鷹くんの変化は解けていて、馴染む日常に戻れたようで安堵する。
夢を萌す私の姿は、それほど代わり映えしないと思う。
でも自分の姿など鏡で見たことはないから断言はできない。けれど、一翔は……やはり、萌す変化した姿を見ていないから私を識別できたのかな。
自分が認識できるのは、炎に黒煙の交じる翼だけ。
大鷹くんの翼より大きく、その異様な形態を最初に見た時は恐れが生じた。
他の者が見れば……現実で、それを目の当たりにしながら不吉を告げられるとすれば。
告げる者への恨みも通り越し、先に起きる事への恐怖に怯えながらも未来を変えようと足掻いてくれたかもしれない。
「告美。もう遅いし、こんな奴ほっといて帰ろう。時間あったら、“うちんく”寄って行かん?」
……うちんく?寄って行く……お店なのかな。
「うん。」
理解できていないのに、安易な返事。
「おい、光莉。告美は『うちんく』が分かってねぇぞ。俺もだけどな。」
ため息交じりで、大鷹くんは光莉の頭に手を置いて揺らす。
「汚い手で触んな。それに“うちんく”って、“私の家”じゃ。何か文句でもあるんえ?」
……そうだったんだ。
「光莉、ごめんね。私も分からず返事しちゃったし。急に家に行っても迷惑じゃない?」
二人の喧嘩が悪化しそうで、思わず間に入る。
「告美は、ええんよ。話もせなあかんし、なぁ?告美に来て欲しいんよ。あかん?」
普段、無表情な光莉が甘えるような仕草で私に問う。激カワいいんですけど!
大鷹くんとの言い争いも、声は荒くなるけれど、ほとんど表情は変わらない。
常に彼女の感情と表情は変化に乏しくて、冷めているような印象に一線を感じる。
でも私は彼女に惹かれ、それを光莉は否定もせず受け入れてくれた。
「ありがとう、光莉。」
私の言葉に照れたような微笑みを見せ、大鷹くんに視線を向けてふんぞり返る。
「ざまぁみろ。」
私たち以外に、こんな姿を晒すことは無い。
彼女の特別な位置に居る事が嬉しくて、少し気恥ずかしい。
光莉は私の手を引いて、やはり大鷹くんに別れの挨拶をしない。
私は歩きながら後ろを振り返り、大鷹くんに笑顔で「バイバイ。」
この身で不吉を告げ、受けてきた非難や中傷、そして恨み。
誰にも理解されず、それで役目を全う出来ているのだと自己満足。
目的の家を目指す光莉は無心なのかも知れない。
私は、この手に温もりと信頼の情。込み上げる感情に、また涙が出そうになって我慢する。
今は幸せだから。ありがとう。光莉と出会えて本当に良かった。
歩が止まり、私は目的地に着いたのだと知って目を上げる。
そこには大きな門と、遠く離れた所に建つけど大きいのが分かる家。
入るのは……「無理!」
思わず後ずさり、光莉の手を引き戻す。
「どしたん?気分でも悪いん?」
少し残念そうな表情で、私を覗き込む。
「光莉のお家が、こんな大きいとは知らなくて。私……その。」
戸惑う私に微笑みを向け、手を引いて門を開いた。
「気にせんでもええわ。ほなって昔は、“神”様じゃって言われとったんやけんな。」
……確かに、そんな経歴(と言うのかな?)なら、当然の物なのだろう。
アヤカシの共存って、こんな所にも表れるんだね。思わず納得してしまう自分に苦笑。
「私の家(うちんく)に入ってや。」
敷地は綺麗に整備され、近づいた家は思った以上に大きかった。
中も広々としていて、爽やかな森をイメージできるような良い香りが漂う。
「私の部屋は上の一番手前やけん、先に入っといて。お菓子やお茶を持って後から行くわ。」
「別にいいよ。」
思わず不安になって即答したけど、私の声など届いていないかのような後姿。
渋々と階段を上り、言われたように最初の扉を開く。しかし、そこはトイレだった。
……光莉の嘘つき。
扉を閉め、反対側の扉を開くと、今度はファンシーな部屋で安心する。
ちょっとワクワクしながら入って、キョロキョロと周りを見渡した。
一通り見た後は、落ち着けるような場所が見当たらず、棒立ちで押し寄せるのは不安。
確かに座れるような場所はあるのだけど、そこに居る自分を想像すると、とても小さくなるような気がして。
落ち着かないのは変わらない、むしろ息が詰まるかも。
待ち望んだ音がして、私はドアに駆け寄って開ける。
「……告美、どしたん?トイレなら前のドアやけど。」
私は光莉が持ったお菓子に手を伸ばしながら苦笑して答える。
「はは。やっぱり、大きな部屋は落ち着かないかな。」
私の返事に光莉は無言で首を傾げ、部屋の中に入って飲み物を机に置いてからドアを閉めに行く。
毎度のことだけど、この無言の間が寂しさを増すのはどうにかならないかな。もっと時間が経てば慣れるだろうか。
「告美。部屋、暗(くらぁ)するけん変化(へんげ)してみ。」
え?今、何て言ったの。
聞こえた言葉があまりに意外で、意図を汲み取りたくて確認したくなる。
だって夢ではないこの現実で。戸惑う私を放置して、光莉は窓に近づいてカーテンを閉めた。
高級なカーテンは一切の光を遮って、そこはまるで夢の中と同様に暗闇と化す。
目は慣れず、光莉の姿も見えない。不安が増していく。
「光莉、私は萌しに急かされて変化してきた。それは夢の中で……光莉……」
声は小さくなり、彼女の様子を探るが反応はない。
初めての変化は萌しに促され、それは寝ている時の経験だった。夢の中でしか先を視る事などないと、自己解釈。
今、私が見つめるのも夢と同様の暗闇。
萌し。吉凶を視たいと。それは私の願いだった。これから先、私自身の未来なども知る事は可能だろうか。
ぼんやりとした何かが見える。
背に違和感。
暗闇に、淡い光が徐々に広がっていく。
分かる。変化していく自分が。
きっと黒煙の交じる炎の翼が、この光景を照らしているんだ。
意識を集中し、背中と目に力が入る。
これは……
くっきりと浮かび上がったのは、一翔の姿。彼は私の前に立って、優しい視線を注ぐ。
表情は切なさの伴うような、何と言い表していいのか惑う。心揺さぶられ、逃げ出したいような衝動。
彼は私の顔に手を近づけてくる。ゆっくりと頬に触れるかどうかの距離で止まり、悲しい笑顔。
思わず感情が同調したのか、泣きたくなった。
「……もう、後戻りは出来ないからね。」
彼の声に反応して、私の頬に零れる涙。
違う。萌しだから彼の触れている感覚がないんだ。
彼の手は、私の頬に当てているのが分かる仕草。それは私の涙を拭っているのだろうか。
申し訳ないような苦笑と、潤んでいる目。
どうして一翔が?
これから先、私に待ち受けている未来。
もう後戻りは出来ないのだと言われて…………
変化(へんげ)した大鷹くんは、通常とは異なる存在。
当然だと言われればそうだ。アヤカシなのだから。
「鵺は人に災いを告げる。当然、アヤカシの姿で告げるべき……まさか今まで、その姿で告げて来たのか?」
頭が真っ白になる。自分がしてきた愚かな行為。
「……うん。私は役目を背負い、告げるべきだと……この姿で。」
この身に恨みを受けてきた。
当然だ。近い未来を、それも不吉を告げて受け入れられるはずなどない。
込み上げる涙。
大鷹くんは、そっと私の零れた涙を拭う。
「そうか、今まで頑張って来たんだな。よくやったね。」
視線を合わせることも出来ず、溢れて止め処なく零れ続ける涙。彼の両手が頬に添えられ、涙は優しく拭われた。
少しの沈黙の後、彼の手が離れて私は目を上げる。
視界に迫る状況に、驚きと戸惑いが生じた。
彼は私を抱き寄せ、強い力と温もりを伝えたから。
何が一体、どうなったのか。そこには確かに光莉がいたはずだ。
「あの、大鷹くん?もう、落ち着いたから離して。光莉?居るんだよね、大鷹くんに説明して。何とかして……お願い。」
強く拒絶することも惑い、混乱した私から離れた大鷹くんは笑顔を向けた。
「ごめん、あまりに可愛くて。」
素直な言葉に、思わず赤面して視線を逸らす。
「調子にのんな、ぼけぇ。私にも背があれば、あんたなんかに負けへんのやけんな。」
光莉は、あきれた表情で大鷹くんの足に蹴りを入れた。
「痛っ。地味な攻撃するとかヤメロ。」
いつもの二人の様子に、思わず笑みがもれた。
いつのまにか大鷹くんの変化は解けていて、馴染む日常に戻れたようで安堵する。
夢を萌す私の姿は、それほど代わり映えしないと思う。
でも自分の姿など鏡で見たことはないから断言はできない。けれど、一翔は……やはり、萌す変化した姿を見ていないから私を識別できたのかな。
自分が認識できるのは、炎に黒煙の交じる翼だけ。
大鷹くんの翼より大きく、その異様な形態を最初に見た時は恐れが生じた。
他の者が見れば……現実で、それを目の当たりにしながら不吉を告げられるとすれば。
告げる者への恨みも通り越し、先に起きる事への恐怖に怯えながらも未来を変えようと足掻いてくれたかもしれない。
「告美。もう遅いし、こんな奴ほっといて帰ろう。時間あったら、“うちんく”寄って行かん?」
……うちんく?寄って行く……お店なのかな。
「うん。」
理解できていないのに、安易な返事。
「おい、光莉。告美は『うちんく』が分かってねぇぞ。俺もだけどな。」
ため息交じりで、大鷹くんは光莉の頭に手を置いて揺らす。
「汚い手で触んな。それに“うちんく”って、“私の家”じゃ。何か文句でもあるんえ?」
……そうだったんだ。
「光莉、ごめんね。私も分からず返事しちゃったし。急に家に行っても迷惑じゃない?」
二人の喧嘩が悪化しそうで、思わず間に入る。
「告美は、ええんよ。話もせなあかんし、なぁ?告美に来て欲しいんよ。あかん?」
普段、無表情な光莉が甘えるような仕草で私に問う。激カワいいんですけど!
大鷹くんとの言い争いも、声は荒くなるけれど、ほとんど表情は変わらない。
常に彼女の感情と表情は変化に乏しくて、冷めているような印象に一線を感じる。
でも私は彼女に惹かれ、それを光莉は否定もせず受け入れてくれた。
「ありがとう、光莉。」
私の言葉に照れたような微笑みを見せ、大鷹くんに視線を向けてふんぞり返る。
「ざまぁみろ。」
私たち以外に、こんな姿を晒すことは無い。
彼女の特別な位置に居る事が嬉しくて、少し気恥ずかしい。
光莉は私の手を引いて、やはり大鷹くんに別れの挨拶をしない。
私は歩きながら後ろを振り返り、大鷹くんに笑顔で「バイバイ。」
この身で不吉を告げ、受けてきた非難や中傷、そして恨み。
誰にも理解されず、それで役目を全う出来ているのだと自己満足。
目的の家を目指す光莉は無心なのかも知れない。
私は、この手に温もりと信頼の情。込み上げる感情に、また涙が出そうになって我慢する。
今は幸せだから。ありがとう。光莉と出会えて本当に良かった。
歩が止まり、私は目的地に着いたのだと知って目を上げる。
そこには大きな門と、遠く離れた所に建つけど大きいのが分かる家。
入るのは……「無理!」
思わず後ずさり、光莉の手を引き戻す。
「どしたん?気分でも悪いん?」
少し残念そうな表情で、私を覗き込む。
「光莉のお家が、こんな大きいとは知らなくて。私……その。」
戸惑う私に微笑みを向け、手を引いて門を開いた。
「気にせんでもええわ。ほなって昔は、“神”様じゃって言われとったんやけんな。」
……確かに、そんな経歴(と言うのかな?)なら、当然の物なのだろう。
アヤカシの共存って、こんな所にも表れるんだね。思わず納得してしまう自分に苦笑。
「私の家(うちんく)に入ってや。」
敷地は綺麗に整備され、近づいた家は思った以上に大きかった。
中も広々としていて、爽やかな森をイメージできるような良い香りが漂う。
「私の部屋は上の一番手前やけん、先に入っといて。お菓子やお茶を持って後から行くわ。」
「別にいいよ。」
思わず不安になって即答したけど、私の声など届いていないかのような後姿。
渋々と階段を上り、言われたように最初の扉を開く。しかし、そこはトイレだった。
……光莉の嘘つき。
扉を閉め、反対側の扉を開くと、今度はファンシーな部屋で安心する。
ちょっとワクワクしながら入って、キョロキョロと周りを見渡した。
一通り見た後は、落ち着けるような場所が見当たらず、棒立ちで押し寄せるのは不安。
確かに座れるような場所はあるのだけど、そこに居る自分を想像すると、とても小さくなるような気がして。
落ち着かないのは変わらない、むしろ息が詰まるかも。
待ち望んだ音がして、私はドアに駆け寄って開ける。
「……告美、どしたん?トイレなら前のドアやけど。」
私は光莉が持ったお菓子に手を伸ばしながら苦笑して答える。
「はは。やっぱり、大きな部屋は落ち着かないかな。」
私の返事に光莉は無言で首を傾げ、部屋の中に入って飲み物を机に置いてからドアを閉めに行く。
毎度のことだけど、この無言の間が寂しさを増すのはどうにかならないかな。もっと時間が経てば慣れるだろうか。
「告美。部屋、暗(くらぁ)するけん変化(へんげ)してみ。」
え?今、何て言ったの。
聞こえた言葉があまりに意外で、意図を汲み取りたくて確認したくなる。
だって夢ではないこの現実で。戸惑う私を放置して、光莉は窓に近づいてカーテンを閉めた。
高級なカーテンは一切の光を遮って、そこはまるで夢の中と同様に暗闇と化す。
目は慣れず、光莉の姿も見えない。不安が増していく。
「光莉、私は萌しに急かされて変化してきた。それは夢の中で……光莉……」
声は小さくなり、彼女の様子を探るが反応はない。
初めての変化は萌しに促され、それは寝ている時の経験だった。夢の中でしか先を視る事などないと、自己解釈。
今、私が見つめるのも夢と同様の暗闇。
萌し。吉凶を視たいと。それは私の願いだった。これから先、私自身の未来なども知る事は可能だろうか。
ぼんやりとした何かが見える。
背に違和感。
暗闇に、淡い光が徐々に広がっていく。
分かる。変化していく自分が。
きっと黒煙の交じる炎の翼が、この光景を照らしているんだ。
意識を集中し、背中と目に力が入る。
これは……
くっきりと浮かび上がったのは、一翔の姿。彼は私の前に立って、優しい視線を注ぐ。
表情は切なさの伴うような、何と言い表していいのか惑う。心揺さぶられ、逃げ出したいような衝動。
彼は私の顔に手を近づけてくる。ゆっくりと頬に触れるかどうかの距離で止まり、悲しい笑顔。
思わず感情が同調したのか、泣きたくなった。
「……もう、後戻りは出来ないからね。」
彼の声に反応して、私の頬に零れる涙。
違う。萌しだから彼の触れている感覚がないんだ。
彼の手は、私の頬に当てているのが分かる仕草。それは私の涙を拭っているのだろうか。
申し訳ないような苦笑と、潤んでいる目。
どうして一翔が?
これから先、私に待ち受けている未来。
もう後戻りは出来ないのだと言われて…………