諸々ファンタジー5作品
戦禍
『幻の町』
ロストは、空を見上げ呟いた。
「匂いがする。あの日と同じだ……」
朝食を終え、セイラッドの訓練に加わったロスト以外の戦人。二十人を満たない彼らは、何を思い、剣を取るのか。
ロストはテントに入り、薬剤の整理を始めた。
分厚い本を一冊広げ、目を落とす。この旅に選んだ一冊。小さな命の灯を保つもの。
「くすすっ。不用心なのね。」
気配を消してテントの入り口に立っていたのは、あの女性。水場で、情報を得た密偵。
「エルミ、不用心ではないよ。今は安全だ。少なくとも数日はね。」
本に視線を保ったまま、ロストは答える。余裕なロストに対して嬉しそうに笑うエルミ。
「ここに裏切り者がいても、考えは変わらない?」
「ふ。変わらない、何も。エルミ、預言をしよう。君の情報で、多くの者が死ぬだろう……その為に俺達の命は少し延ばされる、少しだけ。その後の戦は、大国の勝利だろう……未来は決まっている。」
「ロスト。決まった未来を延ばすのは、どうしてなの?あなたならタイドフで……」
「去れ、預言は覆らない。」
ワタシも彼の心を欲しいと願った。
エルミが彼を、どう思ったのか……知らない。だけど、好意が少なからずあったと思うわ。
……ロスト。あなたは罪な人……あなたの存在が、多くの命を左右する。その存在の大きさに、支えとなれるだろうか。
それは、きっと…………
訓練を終えた彼らは、目を疑う。自分たちの居住区が無くなり、旅立ちの準備が整っていたからだ。
セイラッドは、ロストに近づく。
「セイラッド、彼らは今すぐに行けるか?」
ロストの眼は、今まで以上に鋭さを増し、危機感を漂わせていた。
「……行くぞ、準備しろ!」
セイラッドは、全員に指示を出す。
セイラッドは行く先も告げないロストに、付いて行く。そして、二十人を満たない彼らも、訓練の疲れに鞭打ちながら。
小さな水場で休憩をし、ロストは口を開いた。
「町に行く。今から臨むのは幻……人選は、火竜と幻の町を受け止めることの出来る者達。戦いでの有利を求めていない。」
不思議な言葉だった。
二十人を満たない者が、何を思ったのか……ワタシは、知らない。
ロストも、セイラッドも……知らない。知ったとしても、未来は変わらないのだから。
例え、延ばされる命に安堵を覚えたとしても。戦禍は、間近に迫っていたのは事実だから。
迷いと、裏切りと……生きる目的と……渦巻く感情。
休憩を終え、ロストの後を付いて行く。
長い長い道程。夜の睡眠を削り、明け方にロストが足を止めたのは平地。
「ロスト、何もない。町の幻さえ……」
セイラッドは荷物を下ろし、目を擦って見渡した。
「匂いがする。急ごう!入り口を探して欲しい。」
幻の町の入り口を探すように促すロストに、皆は顔を合わせた。二十人を満たない者たちが、散らばって地面を這うように探す。
セイラッドは、ロストに尋ねた。
「幻の町って、何だ?」
「……俺の育ったところ。存在の消された町。未知の知識の宝庫だった……」
「消したのは、タイドフなのか?」
「あぁ。俺は、その生き残り。俺の探しているのは……」
「あったぞ~~!」
数人をかき分け、ロストは入り口を開けた。地下へと続く階段。
ロストは杖に、薬草を巻いて火をつける。数人に同じものを持たせ、ロストを先頭に、次々に入って行く。
狭い通路が螺旋のように続き、肌寒さを感じながら歩く。
着いた先にも扉。年月に溜まった砂を除け、重たい音を響かせながら、それは開いた。
壁に火を近づけると、壁に沿うように火が灯る。明るい十分の広さが目の前に広がり、全員が安堵した。
ロストは、それぞれに座るよう命じ、数名に幾つかのドアを開けて荷物を持ってくるように指示する。
木箱は退化し、それでも中身は鮮度を保った食物。未知の知識に、緊張は和らぐ。
ロストの語った“人選”。
【…ァ……ア……ザッ…ザァー……ドッ…ドドー】
小さな音から、振動のするような激しい音へと変わり、そこにいた二十名を満たない彼らは天井を見上げた。
「ロスト……」
セイラッドの小さな声。
視線を上に向けたままのロストは呟く。
「間に合った、時を違えなかったんだ。」
「おい、これ……水じゃないのか?」
「上から……」
ざわめく数人の戦士たち。
そう、この地を覆った水。過去に、血を洗い流した水だった。
少しの不安と恐怖も、ロストの様子に落ち着きを取り戻す。
「……ごめん……」
ロストは誰とも視線を合わせず、ただ、そう呟いた。
『時を違えなかった』
違えていたら、どうなっていたのか。それを知るのは、地上に出た時だった。
暗闇での感覚は狂う。どれほどの時間が経過したのか。
ただ……ロストが皆の前で眠る。無防備な姿に、心地よい眠気が襲う。平穏な、最後の一時。
彼の預言が大国の怒りを買った。
この降り出す雨の預言。
彼は夢を見る。
人の強さが崩壊を導く、一瞬の出来事。目覚めて見た光景に、彼は何を思ったのだろう……
幻の町。
その町の存在は転々と移動していた。数日で築き上げる町。
大国にとって、脅威の対象。町も、大国を警戒する。そして小さな町が手に入れたモノ……
豊富な知識。手に入れたのが誤算だった。もしかしたら、計算だったのかもしれない。
定住も出来ない知識の町。増える家族。護る者の多さ……均衡の崩れ……
…………女の密偵の命が尽きる時。
彼女は知る。彼の存在の大きさ。
未来を予告するように……結末を、どこまで予測したのか……ワタシは知らない。
彼の預言を、大国に持ち帰り……密偵エルミの命を懸けた預言の成就。
彼女は、それを阻止したいと願ったのか……それとも成就を願ったのか……
-大国タイドフ-
エルミの向かった先は、戦士クラインの許。
大国の戦を指揮し、力に満ちた男。誇りとプライド。譲れぬ思い……国を動かす力に魅了され、手に入る物を追求し、欲望に我を忘れた者。
小さな存在に、妬みと怒り……傷ついたプライドに、駆られた思い。無秩序と、多くの死……崩れる均衡は、命を削る……
「クライン様、敵情視察より戻りました。」
エルミは身を低くし、片膝を床に着け、下に視線を向けたまま語る。
「報告を簡潔に述べよ。」
戦の準備の整った天幕で、椅子に座りエルミを待っていたクライン。
小さな町の凱旋に、どれほどの憎しみを宿していたのか。険しい表情で、エルミを見下ろす。
「はい。敵は、オアシスから南方に位置する平地に拠点を定めております。」
「平地……ははは!愚かな。襲ってくれと言っているようなものではないか!ふんっ。忌々しい……二十にも満たないクズが、敵の動きを見るためとでも言いたいのか?エルミ……くくっ。裏切りは無いだろうな?」
「例えば、どのような……」
「黙れ!知らぬとでも思ったか?この女を始末しろ!」
「クライン様?」
エルミは、視線をクラインに向ける。
彼女の腕を捕らえ、力の加減なしに男たちが引きずる。
「キサマ、奴に……ロストに何を告げた?どんな情報を漏らそうと、このクラインを覆すことなど出来ん!」
何を言っても無駄。エルミは、最期を覚悟した。取り押さえる者に、抵抗もせず……
「クライン様、預言を語りましょう。ロストから受けたものです。私は疑い、冗談半分で聞いておりましたが……今、それが確信へと変わりました。彼の後を追うなら……一時的とは言え、深い傷を負うでしょう。」
……小さな低い声が、憎しみと共に吐き出された。
「殺せ」…………
…………『君の情報で、多くの者が死ぬだろう』…………
「クライン様、報告いたします!敵を追って、移動した千の大軍が……大軍がぁ~~うぅっ……全滅、しました!」
多くの涙。防げたはずの未来。
成し遂げたのは、密偵のエルミではない。預言を成就したのは、それを許さなかった者。
皮肉なものね。ロストへの憎しみを、より一層募らせて……自らの死を早めるの…………
ロストは、空を見上げ呟いた。
「匂いがする。あの日と同じだ……」
朝食を終え、セイラッドの訓練に加わったロスト以外の戦人。二十人を満たない彼らは、何を思い、剣を取るのか。
ロストはテントに入り、薬剤の整理を始めた。
分厚い本を一冊広げ、目を落とす。この旅に選んだ一冊。小さな命の灯を保つもの。
「くすすっ。不用心なのね。」
気配を消してテントの入り口に立っていたのは、あの女性。水場で、情報を得た密偵。
「エルミ、不用心ではないよ。今は安全だ。少なくとも数日はね。」
本に視線を保ったまま、ロストは答える。余裕なロストに対して嬉しそうに笑うエルミ。
「ここに裏切り者がいても、考えは変わらない?」
「ふ。変わらない、何も。エルミ、預言をしよう。君の情報で、多くの者が死ぬだろう……その為に俺達の命は少し延ばされる、少しだけ。その後の戦は、大国の勝利だろう……未来は決まっている。」
「ロスト。決まった未来を延ばすのは、どうしてなの?あなたならタイドフで……」
「去れ、預言は覆らない。」
ワタシも彼の心を欲しいと願った。
エルミが彼を、どう思ったのか……知らない。だけど、好意が少なからずあったと思うわ。
……ロスト。あなたは罪な人……あなたの存在が、多くの命を左右する。その存在の大きさに、支えとなれるだろうか。
それは、きっと…………
訓練を終えた彼らは、目を疑う。自分たちの居住区が無くなり、旅立ちの準備が整っていたからだ。
セイラッドは、ロストに近づく。
「セイラッド、彼らは今すぐに行けるか?」
ロストの眼は、今まで以上に鋭さを増し、危機感を漂わせていた。
「……行くぞ、準備しろ!」
セイラッドは、全員に指示を出す。
セイラッドは行く先も告げないロストに、付いて行く。そして、二十人を満たない彼らも、訓練の疲れに鞭打ちながら。
小さな水場で休憩をし、ロストは口を開いた。
「町に行く。今から臨むのは幻……人選は、火竜と幻の町を受け止めることの出来る者達。戦いでの有利を求めていない。」
不思議な言葉だった。
二十人を満たない者が、何を思ったのか……ワタシは、知らない。
ロストも、セイラッドも……知らない。知ったとしても、未来は変わらないのだから。
例え、延ばされる命に安堵を覚えたとしても。戦禍は、間近に迫っていたのは事実だから。
迷いと、裏切りと……生きる目的と……渦巻く感情。
休憩を終え、ロストの後を付いて行く。
長い長い道程。夜の睡眠を削り、明け方にロストが足を止めたのは平地。
「ロスト、何もない。町の幻さえ……」
セイラッドは荷物を下ろし、目を擦って見渡した。
「匂いがする。急ごう!入り口を探して欲しい。」
幻の町の入り口を探すように促すロストに、皆は顔を合わせた。二十人を満たない者たちが、散らばって地面を這うように探す。
セイラッドは、ロストに尋ねた。
「幻の町って、何だ?」
「……俺の育ったところ。存在の消された町。未知の知識の宝庫だった……」
「消したのは、タイドフなのか?」
「あぁ。俺は、その生き残り。俺の探しているのは……」
「あったぞ~~!」
数人をかき分け、ロストは入り口を開けた。地下へと続く階段。
ロストは杖に、薬草を巻いて火をつける。数人に同じものを持たせ、ロストを先頭に、次々に入って行く。
狭い通路が螺旋のように続き、肌寒さを感じながら歩く。
着いた先にも扉。年月に溜まった砂を除け、重たい音を響かせながら、それは開いた。
壁に火を近づけると、壁に沿うように火が灯る。明るい十分の広さが目の前に広がり、全員が安堵した。
ロストは、それぞれに座るよう命じ、数名に幾つかのドアを開けて荷物を持ってくるように指示する。
木箱は退化し、それでも中身は鮮度を保った食物。未知の知識に、緊張は和らぐ。
ロストの語った“人選”。
【…ァ……ア……ザッ…ザァー……ドッ…ドドー】
小さな音から、振動のするような激しい音へと変わり、そこにいた二十名を満たない彼らは天井を見上げた。
「ロスト……」
セイラッドの小さな声。
視線を上に向けたままのロストは呟く。
「間に合った、時を違えなかったんだ。」
「おい、これ……水じゃないのか?」
「上から……」
ざわめく数人の戦士たち。
そう、この地を覆った水。過去に、血を洗い流した水だった。
少しの不安と恐怖も、ロストの様子に落ち着きを取り戻す。
「……ごめん……」
ロストは誰とも視線を合わせず、ただ、そう呟いた。
『時を違えなかった』
違えていたら、どうなっていたのか。それを知るのは、地上に出た時だった。
暗闇での感覚は狂う。どれほどの時間が経過したのか。
ただ……ロストが皆の前で眠る。無防備な姿に、心地よい眠気が襲う。平穏な、最後の一時。
彼の預言が大国の怒りを買った。
この降り出す雨の預言。
彼は夢を見る。
人の強さが崩壊を導く、一瞬の出来事。目覚めて見た光景に、彼は何を思ったのだろう……
幻の町。
その町の存在は転々と移動していた。数日で築き上げる町。
大国にとって、脅威の対象。町も、大国を警戒する。そして小さな町が手に入れたモノ……
豊富な知識。手に入れたのが誤算だった。もしかしたら、計算だったのかもしれない。
定住も出来ない知識の町。増える家族。護る者の多さ……均衡の崩れ……
…………女の密偵の命が尽きる時。
彼女は知る。彼の存在の大きさ。
未来を予告するように……結末を、どこまで予測したのか……ワタシは知らない。
彼の預言を、大国に持ち帰り……密偵エルミの命を懸けた預言の成就。
彼女は、それを阻止したいと願ったのか……それとも成就を願ったのか……
-大国タイドフ-
エルミの向かった先は、戦士クラインの許。
大国の戦を指揮し、力に満ちた男。誇りとプライド。譲れぬ思い……国を動かす力に魅了され、手に入る物を追求し、欲望に我を忘れた者。
小さな存在に、妬みと怒り……傷ついたプライドに、駆られた思い。無秩序と、多くの死……崩れる均衡は、命を削る……
「クライン様、敵情視察より戻りました。」
エルミは身を低くし、片膝を床に着け、下に視線を向けたまま語る。
「報告を簡潔に述べよ。」
戦の準備の整った天幕で、椅子に座りエルミを待っていたクライン。
小さな町の凱旋に、どれほどの憎しみを宿していたのか。険しい表情で、エルミを見下ろす。
「はい。敵は、オアシスから南方に位置する平地に拠点を定めております。」
「平地……ははは!愚かな。襲ってくれと言っているようなものではないか!ふんっ。忌々しい……二十にも満たないクズが、敵の動きを見るためとでも言いたいのか?エルミ……くくっ。裏切りは無いだろうな?」
「例えば、どのような……」
「黙れ!知らぬとでも思ったか?この女を始末しろ!」
「クライン様?」
エルミは、視線をクラインに向ける。
彼女の腕を捕らえ、力の加減なしに男たちが引きずる。
「キサマ、奴に……ロストに何を告げた?どんな情報を漏らそうと、このクラインを覆すことなど出来ん!」
何を言っても無駄。エルミは、最期を覚悟した。取り押さえる者に、抵抗もせず……
「クライン様、預言を語りましょう。ロストから受けたものです。私は疑い、冗談半分で聞いておりましたが……今、それが確信へと変わりました。彼の後を追うなら……一時的とは言え、深い傷を負うでしょう。」
……小さな低い声が、憎しみと共に吐き出された。
「殺せ」…………
…………『君の情報で、多くの者が死ぬだろう』…………
「クライン様、報告いたします!敵を追って、移動した千の大軍が……大軍がぁ~~うぅっ……全滅、しました!」
多くの涙。防げたはずの未来。
成し遂げたのは、密偵のエルミではない。預言を成就したのは、それを許さなかった者。
皮肉なものね。ロストへの憎しみを、より一層募らせて……自らの死を早めるの…………