諸々ファンタジー5作品
『クエスト』



朝、目覚めているようで夢心地。

いつものように着替えて、朝食を食べ、学校へと向かう。

道中、頭にあるのは、あの世界。



闇に煌めく光、音符の流れに合わせて奏でる曲。

バイオリンの高音にシンバル音が響き、心地よい感覚に、夢のような物語を反芻する。

もっと楽しい事が、きっとある。



望んだ期待を裏切らないタクマ。



学校の門を通り抜け、遠くに響くバイオリンの高音に耳を澄まし、足を止めて空を見上げた。

太陽が流れる雲に隠れ、光が途切れる一時。遮る物が無くなると、光が注がれる。

目を地面に落とすと、出来た自分の影に重なる人影。

「おはよう。」

聞き覚えのある声に、距離を取るように移動しながら挨拶を返す。

「おはよう、晴。」

視線を真っ直ぐ向け、晴の視線と合う。

晴の隣には木口さんが居ない。彼女は、どうしたのだろうか。この時間は、晴と登校していた時間ではない。

あぁ、そうか。もう数か月、生活のパターンも変わってしまうほど、晴の日常は変わったんだ。

見つめ続けながら、頭の中は別の事を考えていた私に、晴は悲しそうな表情を見せる。



「未來。君は、俺のメモを見なかったんだね。」



 …………



思考の大半を占めていた世界はネット上のこと。

夢から覚めるように、現実を突き付けられ、心に重く圧し掛かる言葉。

圧迫は重く、闇に落ちる様に沈む精神。



言い終えた晴は、後から来た彼女と歩いて校舎へと向かう。

私は、また……彼らの後姿を見つめる。

足取りは不安定で、視界は霞む。



これが現実

……逃避……



私は逃げる事に慣れてしまった。

『メモを見なかったんだね』

晴は私に、メモを見て欲しかったの?

ヌイグルミに仕込んで、私に分からないような形で渡し、数か月も確認せずに。

晴自身は、私を置いて、どんどん進んでいくのに。取り残された私は、どうすればいい?

『メモ』

今更見たところで、何かが変わるの?後悔する?



晴…………



私は恋を失った。

痛みはない。無感覚になったのか癒されたのか……多分、他の理由だと思う。

私の思考や行動を支配する別の人が現れた。

虜にし、心を奪い、私を導く。

私の涙が、闇に刻んで光の螺旋階段となった……音のある世界。

今は無音。

私は何に囚われたの?記憶に残るのは、バイオリンの奏でる曲……愛の歌……



繰り返される日常。

そして、同じ時間……私の部屋のPCが時間通りに強制ログイン。

沈む心で目を向けると、いつもと異なる。PC画面には、『挑戦状』と書かれた二つ折りの紙が浮かんでいた。

鳥肌なのか、身体を振るわせるほどの刺激。

私はキーを押すのではなくマウスで、挑戦状をクリックした。

紙が開くと同時の効果音。紙から浮かぶように見えるのは記号のようで、外国語を似せたような全く読めない文字。

音声が響く。物語の敵が発するような、低音のしわがれた男性の声。

「連なる日を跨ぐ夜。城への扉を開く。難攻不落を誇る我が砦に、挑戦するが良い。」

薄気味悪い笑いが響く。

文字は0と1に変化して、流れるように画面へと分散した。中央に残った白紙も、紅の炎が一瞬で喰らい尽くす。

そして闇と無音の一時……



画像が揺れるように模様が浮かび、形を成して雪だるまのタクマが出現。

今日は、男の子の姿ではないんだ。意味があるのだろうか?



今度は音声もなく、画面に会話文字が並ぶ。バイオリンの音も無い。

無音。



『君は、俺と一緒に居る事で、周りから罵声を浴びるかもしれない。それでも、ヒロインを演じ続けてくれますか?』



その文字を見た瞬間、心が凍結したように感じた。心音も止まったのかと思うほど、一瞬は長くて重い。

この夢のような世界でも、私を拒絶する状況は生じるんだ。

タクマは、私に『ヒロイン』ではなく、『演じる』ことを要求する。

私を捕らえながら、弱々しいタクマの本質を垣間見たようだ。



ううん、最初から……だよね。

創めから。

私の弱みを知りつつ、晴のメモとの交換条件にも悲しそうな声で……



私もタクマも同じなんだ。

タクマは、何を求めている?

私とは、目的も歩む道も異なるかもしれない。それでも、共に進むことを選んだのは私。

タクマは私を探究の世界に誘って、冒険の旅の道連れに選んだ。

私は、何があっても演じ続けてみせる。

タクマは警告を与えて、心構えをさせてくれたのだから。それに応えるわ。



あなたの、タクマの『ヒロイン』になりたい。



現実に立ち向かうため、幻想の世界で闘って力を得る。勇気と希望と、力と知識。

無駄なものは無いと信じて。試練にも罵声にも耐えてみせる。



私はキーボードを打ち、文字を入力した。

『quest』…………




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