諸々ファンタジー5作品

泣く

啼く



夢を見て、恐れたのは何に対してかな?

君は泣いていた。黒紫色の瞳を潤ませ、溢れて零れる涙。頬を伝い、黒紫色の髪に滴る。

泣かないで……

俺には、何が出来る?悲しみの涙を拭い、君との幸せを願ったのは、愛しさ。

貪欲に、君を欲したわけじゃない。

手放すことを恐れたのは本当。手に入れるのも、本当は…………



家の塀を、手で触れるようにして歩く。迷路から抜けるかのように。

「どこに行くの?」

手が、俺の声に反応して揺れたのは一瞬。

聞こえているんだよね。それでも振り返ることなく、返事もない。

烏立は、制服だけど荷物を持っていない。そして、家の門の前に立っていた。

俺を待っていたのかな?愛鷹とは、会ったんだろうか?

疑心暗鬼……嫉妬に狂いそうだ。

俺は、もう……烏立を手に入れたつもりなのか?

愛鷹も、同じ夢を見たのだとすれば……


「ねぇ?」

【ギクッ】
心を見透かされたように感じて、身体が固くなる。

「何?」

声がうわずってしまい、表情もぎこちなく思う。誤魔化すように、笑顔を向けたつもり。

烏立の黒紫色の目が見つめる。

歩行を止めて、俺に視線を向けたのは少しの時間。

「夢で、私は……逃げたの?」

質問をし、また前を向いて歩き始める。

君は、答えを望んでいないかのように見えた。

「夢だよ。君は、『会いましょう』って言ったけど。あの夢は、過去の記憶なのかな?それとも、予知夢だったんだろうか。恐怖は感じなかった。」

烏立は後ろ姿のまま。

【くすっ】

小さな笑いを聞き逃さなかった。

「どうして、笑うの?」

俺の質問に答えが返る。

「私の逃げる理由が見つからない。」

そうだね、俺が目覚めたんだ。君の言葉の途中で。逃げたのは、俺なのかもしれない。

今まで見てきた悪夢から、目を逸らしたんだ……きっと……

「君も啼くのに?」

無意識だったと思う。何故、その言葉が出たのか。

烏立は立ち止まり、体の方向を変えて脇道に入る。

慌てて、その後を追った。

細くて薄暗い道。抜けたと思えば、山の中。

ここは敷地なのか?ここは、禊をした川?

こんな道があるなんて。違う道から来て、新鮮さと不思議な感覚に周りを見渡した。

「どう?境界線があるところから、私は侵入したの。」

無表情の中、どこか得意げに見える。

「可愛いね。」

素直な感想に、君は視線を逸らした。

照れているのかな?

「夢の中、『古巣に還るしかなかった』と、君は言ったよ。」

そして『ここに』で、言葉は途切れた。

「東・北・南……消えかけているのは、西も同じ。最後……」

最後の烏。

「烏が啼くのは……」

【ドンッ】

烏立の声と同時。

【バシャッ】

勢いよく突き飛ばされ、俺は川に落ちた。

冷たい水。午前中は、夏場でもキツイかな。

行動の意味が分からず、俺は見上げる。

自分にかかる影。自分の肩に、両手を置いて見下ろす烏立。

「すべてを奪いたいわけじゃない。」

黒紫色の瞳が光る。

【ポタッ】
頬に、冷たい水。

目を閉じた烏立の顔が近づいて、俺の唇に重なる。

柔らかさと、髪から漂う良い香り。甘い口づけ……

力が抜け、烏立の体を抱きしめながら、ゆっくり水の中に身を沈めた。

浅瀬に浸る身体は、体温を奪われているはずなのに、熱が上昇する。

“烏”を手に入れれば、すべてを失う……

目を閉じるのも忘れ、止まった時を味わう。

烏立は目を開け、唇から離れた。

黒紫色の瞳は、光が無いからか漆黒の闇色。

何を信じればいい?

夢に見たのは過去の災い。御守がもたらす。

烏を護る。何から?

男たちが望んだのは、他を捨ててでも、彼女の涙を止めたいと願う愛情。

「……烏は、何故……啼く?」

「……子烏への愛情なんかないわ。白鷺、恨んでほしいの。憎んで。」

忌詞のように、君は繰り返す。

子烏の片鱗と、それに狂った末裔。

「君に惹かれるのは血筋だからかな、血は争えない。抗うことは、出来るのだろうか。烏立……俺の想いは、深まっていく……受け入れてくれる?」

君の返事は無かった…………




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