諸々ファンタジー5作品

御守



烏は山に子がある
 可愛 我が子を思い 可愛 我が子が 可哀相だと 啼くのだ
山の古巣に 御守七つと 仇の眼をした 七つの烏…………

忌詞……子烏は、俺達の家系に関わらなかったのか?繁栄をもたらした烏。
それは、子孫を与えなかったのだろうか?……かわいそうな我が子は…………



新しく改装したのが分かる。小さな平屋の家。

烏立の為なのか?改装の工事を、周りに知られることなく。お家の力は衰えたはずだ。

年寄り連中の異質さに、寒気。身に覚えがある。悪夢の朝、味わった恐怖。

烏立は、ここでの生活しか選択が出来ないんだ。俺が、養うことも出来ない。

泣かないで……欲しいのにな。

「はい、アイスコーヒー。」

俺はマグカップに手を伸ばし、口に運ぶ。

【ゴクッ……ン】
苦い。

「ふ。無糖だよ?」

思わず漏れた笑顔に、目を奪われた。

君は、そうやって心も奪っていくんだ。

悩んでいたことや、解決しない重荷が、消えたわけじゃないのに軽く感じる。

「牛乳が欲しいです。」

「……ないわ。頼まないと。」

視線を落とし、ブラックのアイスコーヒーを飲む烏立は、大人に見えた。

「烏立、あの……」

言葉が続かない俺に、苦笑を見せ、黒紫色の瞳が見つめる。

潤んだような、輝きの鈍った視線。

「私たちに、御守なんてないわ。私が持っているのは、掛け軸だけ。今までの烏は、ここに持って来られなかったわ。家系図だから。」

会話を遮ると、いけない。きっと烏立も聞いたばかり。

俺に出来るのは、黙って耳を傾けること。

「私が幼いころから聞いた物語は、大好きな人に守られて幸せに暮らした……はず、なんだよね。幸せを奪うような人が居たなんて、聞いていない。悲しみに負けて涙を流し、大好きな人を困らせてしまうなんて……知らない。」

烏立は震え、泣くのを必死で我慢している。

マグカップを、自分から離して置き、烏立の持つマグカップをそっと取り上げる。

黒紫色の瞳を霞ませる涙。零れて、頬を伝う。

泣かないで欲しい。だけど……

「泣いていいよ。俺に、弱さを見せていい。困るとか思わないから。抱きしめても良い?慰めたいんだ……」

烏立の飲んでいたマグカップも、自分たちから離れた場所に置いて、そっと抱き寄せる。

もっと、自分が取り乱すと思っていたのに。

冷静で、愛しさに満足していた。衝動的じゃなくて、ほっとする。

指で涙を拭い、溢れる涙に唇を寄せた。自然に舐めとって口に含む。

「……ふっ。」

くすぐったいのかな?涙目での微笑み。

「なぜ西嶌家が、この土地を離れて暮らすようになったのか……分からないみたい。お家を護るのも、大変なのね。……私は全てを奪うの?自分は、好きになった人との幸せを望んじゃダメ?ね、理解できないのよ……私は、西嶌烏立。烏じゃない!唯一、学校で笑顔を向けたあなたが……私に恋心を生んだの。白鷺が……」

抱きしめる力が、強くなる。どう、答えて良いのか惑う。

「烏立……俺は、君を初めて見た時に惹かれたよ。もっと、知りたいと思った。一緒に過ごした時間が短いのに、全てを喪っても良いと思えるほど。……好きだ……」

抱きしめる力を緩め、烏立の両腕を掴んで、視線を合わせる。

閉じ気味の目……重なる唇…………

手を移動させ、烏立の腰と頭を支えるように床へ寝かせた。

頭を撫で、黒紫色の髪に触れると冷たくてサラサラで驚く。

頬は、俺の手より温かくて柔らかい。

キスをしていいのか迷いながら、額・目元・頬・口の端……少しずつ近づいて、見つめる視線に拒絶が無いので微笑み、唇を重ねた。

無意識に深く……柔らかい。良い匂いがする。

烏立の呼吸が伝わる。熱と視線が……俺を誘う…………手は、柔らかな身体に触れていく。

黒い制服から白い肌が見えた。

映える白さに、唇を当てる。反応の返るのを感じ、高鳴る心音。

衝動に駆られ、夢中になっていく。落ちて行くんだ……

底なしの想い……すべてを喪ってもいい…………


「ふふ。知っている?カラスってね、自分の子烏を殺すこともあるのよ。なのに、生涯つがいは同じ。巣は何年も繰り返し使う。」

可愛い我が子が可哀相だと……

「御守って、加護を願うのよ。」

全てを喪っても……この得た幸せな時間も、君も……手放すことを恐れ、戸惑いは君に感染した。

保っていた均衡を崩し……修復は…………




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