諸々ファンタジー5作品

ストーキング

遠目に





 高校に入学して数日が経ち、友達とは言えないような微妙な関係のクラスメイトと挨拶を交わす朝の通学路。

早足で桜吹雪の校庭を通りながら、見上げる空に既視感。

胸が痛む様な複雑な心境で、何かを思い出しそうな香りで更に複雑な感情が込み上げる。

逃げたい……記憶にないはずの何かが私を急かすようで、落ち着かない。



 目に入った彼に、私の足は止まって時間を忘れた。

他の女の子たちの視線も奪い、それを気にするでもなく淡々と歩き続ける。



 恋心?

違う、そんなモノじゃない。

視線を背け、胸元の服を握り締めて歩を進めた。

何かが私に訴える。

近づいてはならないと、不安に近いような言い表せない複雑な思い。



 恐れ?

違う。それはまるで……罪悪感に近い感情。

 初対面の彼に私は何もしていないし、出来るはずがない。

私は県外からの受験で、彼は県内、しかも幼稚園からエスカレータ式の学校だと噂で聞いた。

何故、この高校に受験したのか……誰にも語らないと言う。

男女問わず人当たりは良く、男子生徒から頼られる存在……なのに、私が彼に感じるのは『孤独』。





「ねぇ、川埜 幸(かわの ゆき)さん。」


急にフルネームで呼ばれ、驚いて足を止めて振り返る。

考え事をしながら、無意識で歩いていた廊下。

入学数日で、ちゃんと自分の教室に向かっていたのには感心する。

そんな安堵した私の目に入るのは、綺麗な女性……先輩なのかな?

でも、私の名前を知っていた。


「はい。あの……?」


不安な表情をしていたのだろか、彼女は穏やかな笑顔で組章を指さす。


「隣のクラスの数元 代(すもと きく)です。私の友達が、あなたと同じクラスなの。仲地 智士(なかち さとし)という名前で……」


「あ、シロじゃん!なんだよナンパか?」


 廊下を走って私たちを通り過ぎた男の子が足を止め、振り返って口早に告げた。

何てタイミング。

確かにクラスが近いからだろうけど……


「あの、友達って……親類か何かなの?」


並んだ二人は双子のように似ている。


「違うよ。」


「違いますよ。」


同時に重なる声と笑顔。


「あぁ!俺、今日こそ直なおと友達になるんだ。急がないと、また逃げられる。」


騒がしいと言うか、落ち着きがない人だけど憎めない。


「……呼ばれるのかな。」


彼の後姿を見つめていた私に聞こえた小さな声。


「え?」


視線を戻すと、彼女は微笑みを見せて私の頬に触れた。


「私は、あなたと友達になりたいの。イチシが相多 直(あいだ なお)を慕う様に、私はあなたを探した。」


まるで告白のような言葉。


「嬉しいけど、どうして私なの?」


戸惑いと同時……込み上げる感情。

無意識で零れた涙と「ごめんなさい」。

戸惑いながら、必死で泣くのをどうにかしようとするけれど、上手くいかない。



『呼ばれた』



誰に?

私がこの学校に来たのは、偶然じゃない?

この出逢いも……これから知る因果関係は…………



「サチ、逢いたかった。この平穏な時代なら……きっと、もっと……ちがう未来。」



 私の名前は川埜 幸(かわの ゆき)。

だけど、サチと呼ばれることを嫌だとも思わなかった。

何故、そう呼ぶのか……疑問にも思わなかった。

以前……私は何処かで、そう呼ばれていたような気がする。



「うん、きっと……もっと、ちがう未来を願う……どうして、あなたは…………」



私は無意識に何を言おうとしたのだろう。


「良ければ放課後、私やイチシと一緒に帰らない?」


 この人に惹かれる。

同じ女性だからなのかな、安心できる居場所を見つけたような不思議な感覚。

それは当然なのか必然だったのか……受け入れる。



心に沁み込んだ罪悪感が、私を急かすから。



 相多 直(あいだ なお)

……彼が怖い。それ以上に知りたい、少しの情報でも。

遠目に見つめ、騒ぐ心は落ち着きを取り戻せる日が来るのだろうかと……

願いと困惑の入り交じる感情で、答えを望んでいない自分に気付く。



 逃げたい……でも一体どこに?

巡り巡って出逢った人たち……記憶にあるようで、在るはずのない関係。

それは……





「前世で私は、あなたの兄だったのよ。」


放課後、帰宅途中にあるお店。

チェーン店ではないファーストフードの店に、入るお客は疎らで静か。

そんな落ち着きとは似つかない突然の話。



 前世?

その言葉に、視線を右上部へと移して記憶を探る。

確か、生まれ変わりとかってやつだよね?

あまり知らないけど、前世仲間って事かな。

不思議な既視感に、納得してしまった自分。


「良かった、前世が人間で。」


前世占いで、犬とか変なのとかだった結果に周りが騒いでいたのを思い出す。


「ふふ。前世に対する解釈はそれぞれあるみたいだけどね。私たちのケースは稀……」


言葉が途切れ、彼女の思いつめたような表情に心苦しくなった。



「仲地(なかち)君は、前世の話を聞いたのはいつなの?」


話題を変えようと、彼に話しかけてみる。

彼はドリンクを飲んでいたストローをくわえたまま、首を傾げた。

え、何で不思議そうな顔なの?

少しの沈黙の後、ストローを吐き出す様に口から離してニッコリ笑顔。


「覚えてない。」


……この人、話を聞いていなかったのかな?


「ふ。イチシ、中1の時だよ?覚えていないとか、真面目な顔で答えないでよ。」


一瞬で和んだ空気。



 前世……か。

思ったより、気楽に考えてもいいのかな。



「……遠目に見守っていた方が良かったのかもしれない。だけど、巡り……変わらない未来を繰り返すのは、これを最後にしたい。」



穏やかな表情なのに、冷たさを感じるような決意の表れた言葉。


「私は……二人を、今の名前で呼んでもいいかな。出来れば、二人も……」


 前世と、かけ離れた現世を願ったのは私も同じ。

心に沁み込んだ痛みと罪悪感。



できれば、遠目に…………





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