諸々ファンタジー5作品

因果

迫られたので襲い返してみた





 何故、こうなったのかな?

状況を理性的に判断してみよう。

確かに、おかしいと思ったんだけどね。



「おい、俺の事だけを考えろ。状況が分からないのか?」


考えろって、頭を整理して使用中だから今は無理な話。


「相多君、分からないから説明してくれるかな?」


昨日、あんな事があって、あんなに素直に謝ってくれたのは夢なの?


「くくっ。良いぜ、説明してやる。これから子作りだよ。」


プチリ。

我慢の限界なのか、今までにない自分の行動に意表を突かれる。

自分が自分ではない感覚。


「いいよ、優しくしてくれる?」


手で彼の手首に触れようとすると、反射的に避けられてしまった。

覆っていた影が遠退き、離れた距離に安堵とがっかり感に、ため息。

目に入ったのは、赤面で口元を手で押さえた彼の姿。

自分の信じられない行為と言葉に戸惑っているんだろうな、後悔が見えるようだ。

こんな微妙な空気を放置して、私は頭の整理に集中することにした。



 朝、同じクラスの女の子が近づいてきたのはいいんだけどね。

日直ではない私に、教科担任の指示を伝えるのはどうなの?

私が首を傾げたのは当然だと思う。

言い逃げした女の子の挙動不審に、しょうがなく指示通りに図書室へ来たのはいいとしよう。

本来なら、先生に確認しに職員室へ寄って……うん、後が面倒だな。

結局、ここには嫌々来ただろう。

朝早くに図書室の鍵が開いていて、これまた偶然なのか当番が不在とは……計画性が見え見えです。

細かい指示の棚に向かい、そこに忍び寄る影の正体は……ですよね。

本棚上部に手を伸ばした私の後ろから、閉じ込める二本の手が登場。

そして聞き覚えのある低い声。



「俺の子を宿せ。」


そして冒頭に戻り、今に至る。



 狭い本棚に囲まれた通路。

赤面が治まらない彼は、額から汗を流して視線を合わせようとしない。

私にどうしろと?

ずるずると本棚にそって床に座り込み、頭が項垂れて小さく見える彼を見つめ、芽生える感情は何だろうか。

その淡い想いを戒めるような胸の小さな痛みが、罪悪感を思い起こす。

私ではない。だけど、前世の私は彼に謝らないといけないことをしたのだと思う。



『赦して』



そっと距離を縮め、彼の前にしゃがんだ。


「相多君?」


小さく呼びかける私の声に反応するのは、“どっち”なのだろか。


「……ごめん、違うんだ。」


「うん、分かってる。」


過去、それも現世ではない私たちの間に、何があったのかな。

彼が求めるのは……



「貴方の前世に期待した私は存在しない。それでも現世の私を、貴方は……望んでくれますか?」


…………私は今、何を言ったの?

自分の出した言葉が信じられず、彼の向けた視線に首を振って否定する。


「今のは、私じゃない!忘れて……」


逃げるように走って、その場を離れた。



 現世の私を望んで欲しいと、本当に願っているわけじゃない!

違う、絶対に……

混乱しているんだ。

彼の見つめるのは、前世の私……

絡んだ因果関係などなければ、私たちは……出逢いもしなかった?

話をすることも、目を合わせることも……

まして、触れることなど。



今の私は…………

前世に左右されるために生れたんじゃない。

生まれ変わって望むのは、違う生き方。

そう、解放された人生を願って、同じ生を繰り返すことなど求めない。

二度と、繰り返すことのない過ぎ去る日々は貴重で儚い……はず。



 廊下を走って息を切らし、スピードダウン。

突然の手首の痛みと、後ろに引かれる衝撃に足は止まった。

倒れそうになる体の体勢を整えながら、目に入ったのは必死な表情の相多君。


「はぁ……っ。幸、俺は……」


時が止まる様な静けさを覆したのは、予鈴のチャイム音。


…………。

…………。


痛いほど掴んでいた力が緩んでいく。





「なぁ~おぉ~!お・は・よ・おぉ~ん。」


遠くから走りながら叫んで近づいた声の主が、相多君に跳び乗った。


「また、お前か!いい加減にしろよ、ホント……」


苛立ちに諦めの入ったような声の変化が、彼の性質を物語る様だ。


「おやぁ?幸じゃ~ん。ふぅ~ん、へぇーほぉおぉ~」


ニヤニヤと口元と目元を緩ませる智士君。


「あは……は。私、授業に遅れるといけないから教室に行くね。じゃ、また……相多君。」


誤魔化す言葉も微妙で、泳ぐ視線に後ろめたいような気持ちが何とも言えなかった。

何故、追いかけて来てくれたのかな。

掴まれた手首が熱を発するようで、痛みだろうか……だけど罪悪感とは違う。

ドキドキするのは、走ったからよね。



 教室の前で立ち止まり、少し赤くなった手首を見つめ……

込み上げる感情に口元を近づけて重ねた。

目を閉じ、熱が引くような感覚に安心して……ハッとする。



視線を感じて口から手を離し、周りを確認しようと目を開ける……

目に入ったのは少し離れたところに立っている代。

私と目が合って、いつもと違う微笑みを見せた。



 罪悪感と似た痛みが生じる。

私を見守り、守護すると言う彼女の思いは……どんな感情で成り立っているのだろうか。

考えもしなかった。



そう……過去、前世の彼女は男性。

でも、それは兄妹だったよね…………

二人に血の繋がりはあったのだろうか。

代は『兄だった』と告げたけれど、智士君が感じたように“何か隠している”?

心配する表情に嘘はない。

代に安心感を抱くのは、偽りのない彼女の感情に信頼ができるから。



「何かあったの?」


代は近づいて、私の様子に何かを読み取った。


「まさか、また……」


後ろめたい気持ちがそうさせるのか、先ほどの相多君とのやり取りが頭に浮かんで、自分の感情を誤魔化そうと咄嗟に口を開く。

言葉は選べない。


「迫られたので襲い返してみた。」



…………。

…………。



沈黙を覆したのは、授業の開始のチャイム音。



 自分が自分ではなくなるような感覚を経験した。

それが自分の本質なのか、偶然のものなのか……

怒りに身を委ね、我慢の限界を超えて発した言葉は理性的とは言わない。

まして、迫られたので襲い返してみた……など…………





< 70 / 131 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop