諸々ファンタジー5作品
最期に見たのは白い世界と血塗られた手
4月。
温暖化の深刻な問題を抱えた現代。異常気象は春の季節に豪雪をもたらした。
雪とは無縁に近い温暖な地域。
どれほどなのかと問われれば、冬の季節に風雪を5度でも見かけるのは多い方で、1時間で解けてしまう積雪も珍しい。
十センチの積雪なら十数年に一度だと報道されるような場所。
空を見上げると雪は止み……
…………寒曇……
朝、学校からの連絡がメールに表示される。
雪に慣れていない地域での登校時の安全を考慮し、本日の休校が決定したと。
カーテンを開け、窓の曇りを手で拭って外を眺める。
一面、白い世界。
吐く息は白く、寒気に身をすくませて周りを見渡した。
これ程の寒さを予測できずに、分厚い冬物は片付けた後。
私に予知などない。
クローゼットを開け、コートを出して羽織る。
部屋を出て階段を下りると、仕事に出ようとする父と外出の準備の整った母が居た。
「おはよう。今日は学校が休みでしょ?もう少し、ゆっくりしていなさい。」
母の手には、大きな手提げ袋。
近所に住むお婆ちゃんの所へ行くのだろうか。
「父さんは、こんな日にも仕事なの?」
いつも出る時間より、かなり早い時間。
雪で車は危険だし、運転に気を付けていても何が起こるか分からないよね。
「幸。お昼には雪も大方解けるだろうから、朝は外に出るんじゃないぞ。その為に学校は休みになっているんだからな。」
お父さんは自分の事を告げずに、私への注意だけで満足げな顔をしている。
「うん、そだね。」
私の呆れたような返事に、何故か安心した笑顔を見せる。
「じゃあ、そろそろ行きましょうか。母さんは、お義母さんの所へ行って様子を見て来るわ。きっと、予想外の寒さに困っているだろうし。雪道をお父さんが一緒に歩いてくれるなんて、珍しい事でしょ?」
二人は嬉しそうに玄関を出て行く。
一緒の時間は特別な事なんだ。
あまり仲が良いとか、意識したことが無かったけれど……
私たちの過去に幸せは、どれほどあったのだろうか。
独りの家は静かだ。
白い雪に覆われたあの日と同様、音を吸収したように静寂が包んでいるのだろうか。
リビングへ向かい、大きな窓を開けて庭に裸足で飛び降りる。
滅多にない環境に、心は浮かれるようで異なる。
自分の奥深くに眠る罪悪感が呼び起こされ、足の裏は冷たさを全身に伝えて震えを生じさせた。
吐く息は白く、凍えるような寒さ。
冷たさを感じていた足は痺れ始め、感覚が鈍くなったと思えば、今度は熱が生じるように熱く感じた。
家の中に戻り、真っ赤になった足の裏を拭いて、今までにない感覚に我を忘れて取り乱した。
あの日の事を思い出せるのではないのかと、軽率な行動。
床に寝転び、呼吸が整っていくのが分かる。
温かくなっていく足に心は安らぎ、身を起こした。
多分、この状況を逃せば記憶は曖昧なままかもしれない。
その考えに変化はなく、部屋に戻って服を着替え、寒さ対策を万全にする。
コートは羽織るのではなく、腕を通した。
片付けていた冬用のブーツを取り出し、手には手袋で耳にはイヤーウォーマーを装着。
ブーツを履き、玄関を開けて先ほど自分の立っていた庭に向かう。
空を見上げると、すぐに解けるような粉雪が舞い落ちてきた。
吐く息は白く、寒さを感じない静けさ。
白く広がる庭は、どこか懐かしいようで悲しく切ない。
込み上げる感情。
涙が溢れて零れ、頬を伝って流れていく一筋。
あの後……ジキとの幸せな一時、それが彼女にとっての最期の思い出。
その後の出来事は、何て呆気なく過ぎ去る記憶なのだろうか。
一瞬で呼び起こされ、価値などないように……。
そこに意味があるのだとすれば、この現世の雪は偶然なのかな。
ポケットから携帯電話を取り出す。
登録から選択し、迷うことなくボタンを押した。
耳元で響くコール音。
静かな声が聞こえ、いつもの穏やかな笑顔を思い描く。
「代、思い出したわ。あなたが導いたサチへの記憶すべて。……一つの前世、サチとしての人生を。」
そう、智士くんが言っていた疑問と一致する。
『前世は一つなのだろうか』
「幸は相多君が好き?」
私にとっては、“まだ知らない前世”に対する抵抗がある。
何故その状況で問うのだろうか。
「代……彼を好きだと思う心が現世の物なのか、前世による物なのか私には分からない。『きっと……もっと、ちがう未来を願う……どうして、あなたは……』」
前にも無意識で出た言葉。
今の私でも、続く言葉はまだ見つかっていない。
「本当は、もう一つの前世を……あなたに知られたくない。できれば知られずに、現世の想いだけで二人が幸せになることを願った。
でも、サチとジキは前世を知らずに生きたけれど結果は同じ!
戦乱の時代と共に、身近にいたシロとイチシが災いを招いたのも過去と同様。
だから、全ての力を注いだ。私はこの現世での先導者。」
前に代が言っていた。
前世に対する解釈の違い。『私たちのケースは稀』だと。
代の前世に感じた寒さ。
サチは拒絶のような冷たさを味わい、突き放されたような寂しさに行き場を失って悲しみに染まった。
あれはシロの覚悟だったんだ。
あの血塗られた短刀がシロの願いだったと。
それは形を変えて今も私を『守護』している。
彼の言葉も今は私の胸に刺さる。
『今度こそ、逃がさないからな。』
真名……それが、もう一つの前世。
サチの前世と同様?
今は戦乱の世でもない。予知も不思議な力も無い。
だから繰り返すことなど決してない。
私は、この現世を願った。
過ちを繰り返さないために。
サチが……
最期に見たのは白い世界と血塗られた手…………
4月。
温暖化の深刻な問題を抱えた現代。異常気象は春の季節に豪雪をもたらした。
雪とは無縁に近い温暖な地域。
どれほどなのかと問われれば、冬の季節に風雪を5度でも見かけるのは多い方で、1時間で解けてしまう積雪も珍しい。
十センチの積雪なら十数年に一度だと報道されるような場所。
空を見上げると雪は止み……
…………寒曇……
朝、学校からの連絡がメールに表示される。
雪に慣れていない地域での登校時の安全を考慮し、本日の休校が決定したと。
カーテンを開け、窓の曇りを手で拭って外を眺める。
一面、白い世界。
吐く息は白く、寒気に身をすくませて周りを見渡した。
これ程の寒さを予測できずに、分厚い冬物は片付けた後。
私に予知などない。
クローゼットを開け、コートを出して羽織る。
部屋を出て階段を下りると、仕事に出ようとする父と外出の準備の整った母が居た。
「おはよう。今日は学校が休みでしょ?もう少し、ゆっくりしていなさい。」
母の手には、大きな手提げ袋。
近所に住むお婆ちゃんの所へ行くのだろうか。
「父さんは、こんな日にも仕事なの?」
いつも出る時間より、かなり早い時間。
雪で車は危険だし、運転に気を付けていても何が起こるか分からないよね。
「幸。お昼には雪も大方解けるだろうから、朝は外に出るんじゃないぞ。その為に学校は休みになっているんだからな。」
お父さんは自分の事を告げずに、私への注意だけで満足げな顔をしている。
「うん、そだね。」
私の呆れたような返事に、何故か安心した笑顔を見せる。
「じゃあ、そろそろ行きましょうか。母さんは、お義母さんの所へ行って様子を見て来るわ。きっと、予想外の寒さに困っているだろうし。雪道をお父さんが一緒に歩いてくれるなんて、珍しい事でしょ?」
二人は嬉しそうに玄関を出て行く。
一緒の時間は特別な事なんだ。
あまり仲が良いとか、意識したことが無かったけれど……
私たちの過去に幸せは、どれほどあったのだろうか。
独りの家は静かだ。
白い雪に覆われたあの日と同様、音を吸収したように静寂が包んでいるのだろうか。
リビングへ向かい、大きな窓を開けて庭に裸足で飛び降りる。
滅多にない環境に、心は浮かれるようで異なる。
自分の奥深くに眠る罪悪感が呼び起こされ、足の裏は冷たさを全身に伝えて震えを生じさせた。
吐く息は白く、凍えるような寒さ。
冷たさを感じていた足は痺れ始め、感覚が鈍くなったと思えば、今度は熱が生じるように熱く感じた。
家の中に戻り、真っ赤になった足の裏を拭いて、今までにない感覚に我を忘れて取り乱した。
あの日の事を思い出せるのではないのかと、軽率な行動。
床に寝転び、呼吸が整っていくのが分かる。
温かくなっていく足に心は安らぎ、身を起こした。
多分、この状況を逃せば記憶は曖昧なままかもしれない。
その考えに変化はなく、部屋に戻って服を着替え、寒さ対策を万全にする。
コートは羽織るのではなく、腕を通した。
片付けていた冬用のブーツを取り出し、手には手袋で耳にはイヤーウォーマーを装着。
ブーツを履き、玄関を開けて先ほど自分の立っていた庭に向かう。
空を見上げると、すぐに解けるような粉雪が舞い落ちてきた。
吐く息は白く、寒さを感じない静けさ。
白く広がる庭は、どこか懐かしいようで悲しく切ない。
込み上げる感情。
涙が溢れて零れ、頬を伝って流れていく一筋。
あの後……ジキとの幸せな一時、それが彼女にとっての最期の思い出。
その後の出来事は、何て呆気なく過ぎ去る記憶なのだろうか。
一瞬で呼び起こされ、価値などないように……。
そこに意味があるのだとすれば、この現世の雪は偶然なのかな。
ポケットから携帯電話を取り出す。
登録から選択し、迷うことなくボタンを押した。
耳元で響くコール音。
静かな声が聞こえ、いつもの穏やかな笑顔を思い描く。
「代、思い出したわ。あなたが導いたサチへの記憶すべて。……一つの前世、サチとしての人生を。」
そう、智士くんが言っていた疑問と一致する。
『前世は一つなのだろうか』
「幸は相多君が好き?」
私にとっては、“まだ知らない前世”に対する抵抗がある。
何故その状況で問うのだろうか。
「代……彼を好きだと思う心が現世の物なのか、前世による物なのか私には分からない。『きっと……もっと、ちがう未来を願う……どうして、あなたは……』」
前にも無意識で出た言葉。
今の私でも、続く言葉はまだ見つかっていない。
「本当は、もう一つの前世を……あなたに知られたくない。できれば知られずに、現世の想いだけで二人が幸せになることを願った。
でも、サチとジキは前世を知らずに生きたけれど結果は同じ!
戦乱の時代と共に、身近にいたシロとイチシが災いを招いたのも過去と同様。
だから、全ての力を注いだ。私はこの現世での先導者。」
前に代が言っていた。
前世に対する解釈の違い。『私たちのケースは稀』だと。
代の前世に感じた寒さ。
サチは拒絶のような冷たさを味わい、突き放されたような寂しさに行き場を失って悲しみに染まった。
あれはシロの覚悟だったんだ。
あの血塗られた短刀がシロの願いだったと。
それは形を変えて今も私を『守護』している。
彼の言葉も今は私の胸に刺さる。
『今度こそ、逃がさないからな。』
真名……それが、もう一つの前世。
サチの前世と同様?
今は戦乱の世でもない。予知も不思議な力も無い。
だから繰り返すことなど決してない。
私は、この現世を願った。
過ちを繰り返さないために。
サチが……
最期に見たのは白い世界と血塗られた手…………