諸々ファンタジー5作品
恋心は淡い色で日常に馴染む





 私の名はラセイタ…………



目を開けると、そこには土壁で覆われた丸い天井。

寝台は干し草で、もう少しこのまま寝転んでいたいと願うほどの心地よさ。



寝返りを繰り返し、頭に当たった物で飛び起きる。

そうだ、忘れていた。彼との約束。

干し草の上に転がった剣に手を伸ばし、壁に立てかけて身支度を整える。

今日こそは!



 山に囲まれた村で、他の民とは疎遠の僻地。

小さな集落で家族も同然の人々。幼い頃から常に共に過ごしてきた村の年の近い者達。

少数の家族を増やし、常に平和と幸福を願いながら……何故か、男たちは幼い頃から戦いを学ぶ。

私は、それが特別な事のように思えて仕方がなかった。

だから女だろうが男と剣で対等でいたい。



 それが、大きな間違いだったのだろうか。

自分の小さな世界で許されてきた行動が、過信となって無思慮な行為へと促していく。

剣を取らず、ただリコリスのように村の長たちが述べたように女らしくあれば……

彼を受け入れることが出来たかもしれない。

過去は変えられない。

今は、まだ平穏な、敵など存在しない彼との時間。



 着飾ることもせず、剣術の稽古用に男性が着るのと変わらない身動き重視の服。

腰には、彼から貰った剣を身に帯びて、約束の場所へとワクワクしながら歩を進めた。

遠目に彼を見つけて、叫ぶ。


「ユウエン。待たせたわね、勝負よ!」


私の声に振り返った彼を狙う様に、剣を鞘から抜いて身構えた。

そして目に入るのは……彼の隣で微笑みを浮かべたリコリス。

素直で可愛い彼女に村の人々は甘く、常に新しい着衣と色香の漂う香りを捧げた。

化粧に彩られた表情が、素顔の数倍も彼女の魅力を際立たせる。


「リコリス、あなたもどう?」


もちろん、嫌味でも何でもない。

身を護る必要性も感じない村で、求められていない戦力を追い求める快感。

反抗期とまではいかないけれど独立しているようで、自分の存在を強く意識できるみたいで自己満足。

それを、味わうことを願わないなんて損をしている。

そんな私の誘いに、リコリスは楽しそうに笑って答えた。


「ふふ。ラセイタ、これから家に戻るのよ。とても美味しい甘味料が手に入ったの。疲れた後に、必ず来て頂戴ね。」


「くく。ラセイタ、あまり甘いものを喰い過ぎると身動きが鈍るぞ?」


意地悪な笑みで、ユウエンは私の身体を見下ろして胸元を指さした。

最近、成長期に入ったのか胸が大きくなってきたのは確かだ。

それを……男女の区別をつけたくない私に、現実を突きつける。

私は女で、どう足掻いてもユウエンのように背は伸びない。

睨み合った私たちにリコリスはクスクスと笑いながら、離れる。


「リコリス、必ず行くわ!楽しみにしている。」


リコリスは振り返って、私たちに会釈をして去って行く。

何とも優美な立ち振る舞い。

私の自慢だった。大切な友。


「ラセイタ、お前……。」


ユウエンの声に視線を向けると、彼は口を閉ざして私の頭を乱暴に撫でる。


「何よ、止めて。ちょっと背が高くなったからって、良い気にならないでよね!」


彼の手を避けようとするが、力は敵わなかった。

悔しさと、何かを認めたくなくて必死で抵抗する。

手は穏やかに、ぐしゃぐしゃにした髪を梳いていく。

見下ろしている視線は優しく、自分が乱したと言うのに直してやっているみたいな優位……


「……それ以上触ると、剃るわよ?」


睨んでいるけれど、冷静な私の小さな声に彼は手を止めて一瞬の間。

そして、苦笑のため息。

何だか、ムカつくんですけど?



動きにくさに、髪を自分勝手に乱雑に切ったのを村の全員から咎められた。

そして、私の仲介に入ったのはユウエン。

剣を教える代わりに、髪を伸ばすとの交換条件。



髪が何だって言うのよ。

確かに、リコリスの髪はサラサラで風になびいて綺麗に輝く。

私の髪は、柔くて気に入らない。


「剃るなら、剣は没収だからな?」と、素っ気ないユウエンの後ろ姿。


「……ぅ~~。我慢して伸ばせばいいんでしょ!」


叫んだ私に、彼は後姿のまま剣を鞘から抜いて素振り。

まるで、かかって来いとの挑発。



 私は剣を構え、素早く距離を縮めて攻撃に入る。

それをユウエンは見ているかのように呆気なくかわし、私の後ろに回り込んで剣を持つ手を押さえた。


「……っ。」


痛い。だけど、これは彼にとって本気じゃない。

力の差に、また我慢のできない怒りが生じる。

絶対に負けを認めない!



力は徐々に強くなり、私の手から剣が落ちた。

密着した体で、聞こえてくるのは彼の息遣い。

それが途切れて、ため息が漏れたので私の力は抜けた。



情けなさと悔しさ。

私を支えるのは、痛みを与えた時以上の大きな力のはずなのに……優しくて安堵を与える。

護られる実感が身に沁み込んでいくようだ。


「手を離して。どこを触っているのよ?」


彼は無意識だったのかな。

私の小さな胸の膨らみを覆う手に力が入る。


「……っ!」


柔らかさに沈んだ指に機敏な反応したのは、どっちが早かっただろうか。

ユウエンは私と距離をおいて言葉を失い、動揺が露わ。

私はそんな彼から視線を逸らして、胸元を隠す様に両腕で肩を抱き寄せた。



信じられない。

彼の反応と、自分の心音の速さ。

今までにない事。



 年月と共に体や精神は成長を続け、それでも到達点は遠くて、未知と不確かさに足掻いて生きていく。

こんな些細な事も、何度か繰り返せば日常に馴染んでしまう。

お互いの関係も変わらず。

少しずつの変化は、すぐに順応して日常化。



だから気付きもしない。

貴重な想い。大切な時間。

彼への恋心は淡い色で日常に馴染む……





< 89 / 131 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop