不本意ですが、エリート官僚の許嫁になりました
豪の唇が翠、と私の名を形作った。声は出てこない。かなり驚いているようだ。
答える間も与えず、私は叫んだ。

「私のことが好きなんでしょう?それならプロポーズして!特務局から離れろとか、婚約破棄とかくだらないこと言わないで、ちゃんと本音を言葉にして!誓って!」
「でも、翠」
「主計局への異動は断ったから」

豪がなおも驚いた表情になる。

「私の人生は私が決める。勝手に気遣って先回りして決めつけるのはやめて!夫婦になってもよ、私とあんたは対等なのよ」
「斎賀に入れば、おまえは自由には生きられない。仕事だってやめろと言われるかもしれない」
「言わせておけばいい。本家の嫁の役割を果たすんだから、私だって主張すべきところはする」
「おまえにはひとりで生きていく才知がある。斎賀に埋もれていいのか?」
「勘違いしてるわ、豪」

私は言葉を切って、彼の襟首を掴む手を緩めた。

「私の人生の目標は斎賀豪に勝つことよ。斎賀って土俵の上で充分。そんなの生まれた時から了承済み!『翠には敵わない。翠はすごい』そう言って、あんたが私に屈服するのが見たいの!勝手に土俵から降ろそうとしてんじゃないわよ!」

豪がぽかんと開けた口を閉じた。
それから顔を伏せたかと思うと、くっくっと堪えきれないような笑い声が漏れ聞こえてくる。
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