不本意ですが、エリート官僚の許嫁になりました
豪は私の意図に即座に気づいた。私の髪を甘やかすように撫で身体を引き寄せてくる。

「こら、飲み過ぎだ」

甘く響く低い声は恋人のもの。私は猫のように顔をすりつけ、豪に甘えて見せる。

「会場には戻らず、部屋に行くか?」

ささやかれる言葉は漏れ聞こえれば、酔った恋人を部屋に連れ戻す様子だろう。

若頭は私の姿を視認している。さっきの女だと気付いているかもしれない。
しかし、目を伏せ男に甘えきりの泥酔状態の女にそれ以上注意を払うこともなく、ひとりエントランスへ去っていった。部下が迎えにきているようだ。

若頭の姿が部下とともにエントランスから消え、ようやく私たちは身体を離した。

「驚いた……急用で会合は中止になったのかしら」

私は豪の胸から顔を離して言う。

「わからない。T建設の会長と鬼澤はまだ話し合いの最中かもな」
「私の演技、大丈夫だった?」

見上げて豪と目が合うと胸がどきどきした。咄嗟の演技とはいえ抱きついてしまった。
豪が馬鹿にしたようにふっと笑う。

「上出来。ちゃんと酔っ払い女に見えてたぞ。酔わせて持ち帰れるチョロいタイプの。あの若頭、やっぱり部屋に連れ込んでおけばよかったと思っただろうな」
「とんでもなく失礼なこと言われてる」
「演技を褒めたんだ。素直にとれ」

すると豪は私の腕を引き、そのまま身体を密着させてきた。驚いて腕を振り払おうとすると、強引に肩を抱かれる。
なになに!?なんなの!?
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