God bless you!~第14話「森畑くん、と」
★★★右川カズミですが……「はい、再起動」
我に帰った。
今日もハルミ塾に居る。
いつもなら、それぞれのブースから適度に雑談が聞こえる筈だ。
だが、この所は静まり返っている。
雑談どころじゃない。シャーペンの音しか聞こえない……。
「ていうか、ここであれだけ無駄口叩く受験生って、右川さんしか居ないわよ。今までずっと」
嘘だ!
思わず立ち上がったら、キキーッと椅子の音が大きく響いて、まるであたし以外に誰も居ないみたいで。
うるさいの、あたしだけ?あんた、マジか。
周囲を疑いながら、静かに座りなおした。
ハルミが塾の課題を仕舞う。まだ時間が残っているのでそれを不思議に思っていると、そこに大学案内を並べ始める。
「どれがいい?」と訊かれた。
あからさまに不貞腐れていると、
「吉凛は寄宿が新しくできたから綺麗だよ。オートロックだから安心だし、独り部屋だからプライバシーも守れる。本格的に独り暮らしする前の練習にしてみれば?」
聞いてると、そのあたり、ちょっと心が動いた。動いてしまった。
おもむろにパンフレットを取り上げて、ちょっとめくってみる。
「うん……いいかも」
その反応に手応えありと感じてか、ハルミはドヤ顔で得意気に、「でもそこはちょっとレベルが高くてね」と、また別の冊子を開いた。
「伐ヶ丘と征和は合格圏内だけど場所が少し遠いかな。結構ひらけた街中だから独り暮らしは楽しいと思う。もしそこ受かったら、あのお父さんだって家賃の少しぐらいは援助してくれるでしょ」
そこが合格圏内と言われ、驚きもし、それなら!という気もしてきた。 
そして、トドメに、
「潮音女子と新里ってさ、港北大が近いんだよね」
パンフを見ようとすると、パッとまとめられて持っていかれてしまった。
……ワザとだ。絶対。
伐ヶ丘大学 
征和女子大学
吉凛女子短期大学
新里記念大学 
潮音女子短期大学 
大学名はキラキラしく見えた。
しかし、受ける学部、学科を訊ねると、
「文学部、英語学科、国文学科、情報処理科、福祉学科。全部言わなきゃだめ?」
そこには何の繋がりも見えない。
「それって、ブチあたりゃ何処でもいいって事?」
「当たり前でしょ」
ハルミはサラリと言った。
「将来、何するかまだ決まってないでしょ。学科なんて最初からどうでもいいわよ」
ハルミは、コーヒーを一気飲みした。
こいつは、本当にアキちゃんが選んだ女だろうか。あたしを振ってまで。
アキちゃんは、何か弱みでも握られてるんじゃないだろうか。
沢村じゃあるまいし。
早速、「今日は潮音女子の去年の入試問題をやるよ」と、プリントを置いた。
「なんかもう、燃え尽きちゃったよ。やる気出ない。無理無理無理無理無う~」
「古屋くん経由で、いつでも彼氏にFAXできるからね。あのレポート」
この女の毒牙に引っかかったのが、何でヒデキじゃなかったんだろう。
そのヒデキ。
今現在も、あたしの名前と顔は一致していないはずだ。
ハルミが言うには、ヒデキはアキちゃんから「面倒を見ている従姉妹がいる」と、あたしの存在は聞いていたと言う。
ヒデキ経由で彼氏にFAXという事は、右川カズミという名前の女子が沢村の彼女だと言う所までは、ゆくゆく知りうるだろう。
あの時……咄嗟に思い付いた〝コレサワ〟という名字で、あたしは身元を誤魔化した。
右川カズミが〝コレサワ〟と同一人物だとは、ヒデキはそこまでの理解には至っていない筈だ。
彼が名刺を渡したのは〝コレサワ〟である。右川カズミじゃない。
名刺を渡した〝コレサワ〟は結局ハルミ塾には行かなかったという事だ。
「古屋くんさ、右川って子に名刺を渡した覚えは無いって言うんだよね」
ぴんぽーん♪
「あたし、あの名刺は友達からもらったから」と誤魔化した。
〝コレサワ〟と、成り行き上、友達になってしまう。
もしどこかでまたヒデキに会ったら……いや、会わねぇーってばよ。
〝潮音女子短期大学〟
ハルミは、港北大学に近いというエサで、あたしを釣る気だ、と思った。
わざと真っ先にここの問題集を持ってきたとしか思えない。
「はい、再起動」
ハルミの仕切りが入った。
ま、確かに、学科なんかどこでもいい。
しょうがねぇな。
ブツブツ言いながらも、シャーペンを握る。
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