Cosmetics

「立川さん。少し、まだ時間ある?」

 店を出た後、海音が銀座の街を散歩しないかと提案してきた。時刻はもう二十三時半だ。終電にはギリギリの時間である。

「大丈夫です」

 一緒に光り輝くネオンの街を歩く。ブランドショップの光が、まるでスポットライトのように道を照らした。

「自惚れてたら、ごめん。俺、ずっと立川さんが俺のこと好きだと思っていたんだけど、勘違いかな」

 裏路地に入った辺りで海音が、ほまれに尋ねた。

「えっと……」

 ずっと片思いしていた。さっきまであんなに心臓が激しく高鳴っていたのにも関わらず、なぜ今落ち着いて彼の話を聞いているんだろう。

「ねえ、教えて?」

 顔が近づいてきて、気がつけば唇が重なっていた。腰をグッと引き寄せられて、舌を絡め取られる。

 街の喧騒が遠くに聞こえた。車のクラクションの音、人々が歩く音、ガラスから漏れる店の音楽。

 吐息とともに、海音の手はほまれの衣服の中に侵入していた。

 小さな胸を下着越しに揉みほぐされ、海音の意のままに形を変える。

「ほまれちゃんも、触って」

 キスで気持ちよくなっていたほまれは、海音に誘導されるがまま手を伸ばした。

「え。うそ」

 思わず声に出してしまった。ない?いや嘘だ。ないはずがない。

「どうしたの?」

 相変わらずとろんとした表情で、息を荒げ、ほまれの胸を揉みしだいているが、ほまれはそれどころじゃなかった。

 ようやく探って見つけた、海音のそこは余りにも立派ではなかった。

 いや、自称BよりのAのほまれが言えたことではない。

 しかし、あまりにも。それはあまりにも。

 きっと、今夜一緒に食事している男じゃ物足りなくなるよ。

 ヒビキの声が脳裏に蘇ってきた。

 それと同時に、五年の間蓄積された何かが引いていくのを感じた。

 決して、それは海音が悪いわけではない。

 しかし、ほまれに自分の感情をどうすることもできなかった。

「あの、木村さん」

「どうした?」

「私、今夜は帰りますね」

 勝手に夢見てた癖に、勝手に幻滅する。あたしって本当に勝手な人間だ。

 自分自身に嫌悪しつつ、五年間恋に恋した男を見ても胸がときめかない。今夜、ベッドと一緒に共にできるとは到底思えなかった。

「タクシー、一緒に乗る?」

 海音はまだ諦めていないようだった。

 先ほどまでいい香りだと思っていた香水の香りが、苦手な香りに一瞬にして変化した。

「いえ、大丈夫です。友人の家が近くにあるので、泊めてもらう約束をしているんです」

 呼び止める海音を振り切って、ほまれは走った。

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