マイ・フェア・ダーリン
「その高性能マスカラで課長の髪も伸ばしてあげられないかな?」

私は善意と環境意識の塊なので、そんな提案をしてみた。

「産毛もないところにはマスカラも無力です」

ちなみに課長は休憩室で仮眠をとっているので、悪口を言っても大丈夫だ。
いや、このくらいは日常茶飯事なので、聞こえちゃっても大丈夫!

「桝井さんが使ってる、そのブルーライトカットメガネ、効果ありますか?」

桝井さんは仕事中、未来人(想像)みたいなブルーライトカットメガネをしている。
それでもお手製弁当を食べながら、肩や首を揉んでいるので、効果のほどを怪しんで聞いてみた。

「優芽ちゃん、その聞き方がそもそもよくないわ」

今度は質問からダメ出しすると、桝井さんはポケットからブルーライトカットメガネを取り出して未来人に変身し、自信たっぷりな視線を投げる。

「『効果ありますか?』じゃないの。まず、『ものすごく効果があるんだ』と思い込むところから始めないと」

ニッと口角を上げた後に、ポーチから目薬を出すので、ポケットティッシュを袋ごと差し出した。

「目、疲れてるじゃないですか」

「絶大な効果をもしのぐ伝票の量だったじゃないの」

「まあ、確かに」

この第三営業所のクライアントは主にホームセンターだけど、お預りしている商品はその他にも多岐に渡る。
年末が近づくにつれ、物流業界全体がパニックのような忙しさになるので、十月下旬ともなると、その風がふんわり届き始めていた。

「伝票なんて何千枚あってもいいんです! 配車担当に電話しなくて済むなら、私今の時給の3%カットで働いてもいい!」

いっそ“半分”とか“無給”と言わないところが園花ちゃんらしい。
ストレスのあまりテーブルに突っ伏した彼女の背を、私はなだめるようにやさしく撫でた。

「下柳さん、機嫌悪かったもんね」

倉庫側にある事務課と、車庫の二階にいる配車担当とは顔を合わせることがほぼない。
けれど、到着日時変更や急なキャンセル、追加発注など、運行に関わる依頼が発生した場合電話をすることになる。
直接配車担当に連絡が行けばいいのだけど、なかなかそう割り切れないところがあり、電話する頻度は高い。

荷主様から時間変更の依頼があり、園花ちゃんが電話をしたところ、「昨日も変更したばかりじゃないですか。そうコロコロ変えられると困るんですよ!」と配車担当の下柳さんに怒鳴られたらしい。
もちろん、園花ちゃんに非はない!
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