マイ・フェア・ダーリン
いつもながら、なんだかタイミングの悪い廣瀬さん。
今回もきっと、受付の人に伝わってなかったのか、伝言を受けた人が忘れたまま交代してしまったのか、私にまで届かなかった。
廣瀬さんの間の悪さに、私まで巻き込まれた形だ。
そうだ、廣瀬さんが悪い。
間が悪すぎる。
だけど、どういうわけか、私にとっては絶妙にタイミングがいい人。

「え…………そんなに心配させてしまいましたか?」

ものすごく動揺したのか、ポケットのあちこちを探って何かを探す(多分ハンカチかティッシュだろう)。
出てくるのはレシートやクリップや使用済み付箋ばかりで、目的のものは見つからなかったらしい。
そんな様子がやっぱりかわいくて、私は潤んだ目を細め、自分のハンカチで涙を拭った。

「そうじゃなくて、私、今風邪引いてて、ちょっと情緒不安定で、それで……」

涙が出たのは心配したせいでもあるし、見つかってホッとしたせいでもあるし、実際情緒不安定でもあるけれど、それだけじゃない。
今の私から出てくるものは、言葉であれ、涙であれ、すべてに恋が含まれている。

「風邪、大丈夫ですか? 帰り送ってあげたいけど、すみません。俺、車じゃなくて。一回取りに戻ってから迎えに来るので、待っててください!」

「いえ、大丈夫です。私も車なので、送ってもらっても明日困りますし」

「あ、そうですよね。……えっと、これ、よかったらどうぞ」

おばあちゃんが持っているような黒飴なんて、久しぶりに見た。
思わず吹き出してしまった。
おそらく廣瀬さんももらったものだろう。
黒飴が風邪に効果あるのかどうか知らないけれど、その気持ちがうれしくて受け取った。
親指と人差し指と中指の先が、その手のひらをかすめる。

「ありがとうございます」

「いえ、こんなことしかできなくて」

「ありがとうございます」

またあふれた涙のまま見上げた廣瀬さんは、五日目のお月様みたいな目をして笑った。

「あ、事務所までおんぶして行きましょうか!」

「脚はどこも悪くないです。しかも恥ずかしい」

「そう、ですよね。すみません。本当に、何もしてあげられなくて」

廣瀬さーーーん!
もう、もう、本当に、廣瀬さーーーん!

大好き、大好き、と鳴る胸の音が届けばいい。
だけど自分の口では決して言えないから、「ありがとうございます」と何度も言った。





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