マイ・フェア・ダーリン
うおおおおお! と人ならぬ咆哮をあげかけたとき、コートのポケットでぶいーん、ぶいーん、と携帯のバイブが鳴った。
通常ならデート(ではないけど!)中は出ないところだけど、こいつに払う礼儀などない!

ぶいーん、ぶいーん、ぶいーん、ぶいーん━━━━━

しつこいバイブ音の相手は、さすがというべきか“ミスター間が悪い”牧廣瀬さんだ。

「すみません。電話に出てきます!」

返事も待たずに席を立つ。
できることなら「失礼な女だ!」って振ってほしい!

途中で通話ボタンを押して、そのまま店外に出る。

「もしもし!」

『……あ、もしもし、牧です。今大丈夫で━━━━━』

「廣瀬さあああああああん!!!」

廣瀬さんがどうして電話してきたのか、今朝のことや、昨日のことをどう思っているのか、私はまったく考える余裕もなくすがって泣いた。
支離滅裂ながらなんとか現状を説明する。

『……えーっと、つまり、西永さんのあのチョコレートは俺宛てだったということ?』

「そうです!」

『それが何らかの手違いで下柳さんに渡った?』

「そうなんです!」

『それで責任を問われて交際を迫られている、と』

「そうなんです~~っ!!」

装備を置いて外に出たので、真冬の寒さにくしゃみが出た。
あふれる涙と鼻水を拭いながら、ガックガックとうなずく。

「これからなんとしても逃れるつもりではありますが、会社で変な噂が流れても真実は違う━━━━━」

『今どこ!?』

「“愛どりあー汝”です」

『すぐ行きます』

通話は切れていた。
ディスプレイの19:38という時刻表示だけをしばらく眺めて、とりあえず寒いので店内に戻った。
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