たぶんこれを、初恋と呼ぶ
 
「……戻ろ」


渋々、といった感じではあったが、二人はオフィスに戻っていった。

おせっかいな事をしてしまったかと思ったが、ガラス張りの扉から、二人が彼女に声を掛けているのが見えてとりあえずホッとした。


ここで声を掛けても邪魔になるだけだろうと思い階段を降りていると、「安尾さん!」と彼女に呼び止められた。



「あ…お疲れ様です」


こんなところまで来てお節介を焼いて気持ち悪いだろうか、と考えてしまい思わず顔が引きつる。

彼女はそんな俺の目の前まで来て、深々と頭を下げた。


「この度は本当に申し訳ございませんでした。こちらの落ち度にもかかわらずヨシザワ産業さんにも声を掛けて頂いて、それに中村と佐伯にも……本当に、何とお礼を言ったらいいのか」

「そんな大した事はしてないので、顔上げてください」

「でも」

「いや、本当に。言われる程の事はしてないので、逆にこっちが恐縮します」


そう言うと、彼女は不安そうにゆっくりと顔を上げた。


「邪魔をしてすみません。中村さんと佐伯さんが業務に戻ったのなら、大丈夫でしょうか」

「はい、他のスタッフも手伝ってくれる事になったので、何とか間に合いそうです。安尾さんのおかげです」

「いえ、ただお節介を焼いただけです。他社の者が偉そうにすみません」

「そんな、本当に感謝しています。今度、ぜひお礼にご飯でもご馳走させて下さい」

「……え?」

「あ、でも、私と二人だとまずいですよね。それでしたら江藤さんや、あ、岩田さんも一緒に」

「え!まずくないです、全然、二人でも。あ、でも、江藤も担当ですもんね、声を掛けておきます…あ!お礼とかは全然いいので、はい。むしろこっちが出します」


ばかやろう、図々しく乗ってどうする。

社交辞令だ、始めは遠慮するのが普通だろ、と頭の中で突っ込むが、何が何やら、彼女からの誘いが思いがけない事で衝撃的すぎて、俺の口は勝手に動いていて、何を言っているのか自分でも意味不明の状態だった。


「ふふっ」


小さく彼女が笑った。思わず凝視する。


「そうですね、安尾さんがよろしければ二人で。江藤さん達にはまた今度お礼させて頂く事にします」

「あ…はい」

「この件が終わったら、お時間ある時に美味しいご飯食べに行きませんか?ちょうど知り合いがお店を出したんです」

「そうなんですか。ぜひ、自分でよければ」

「ありがとうございます。まずは明日、必ず納得いくものを仕上げますね」

「あ、はい、宜しくお願いします」

「ご飯、楽しみにしています。それでは」

「あ、はい、失礼します」


まいった。

30手前にもなって、こんなにも彼女の言葉に胸が躍るとは。

10代の頃から、何も変わってねえ。


しかし気分はよく、久しぶりに感じたこの心臓の鼓動に、何故か心地よさを感じた。






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