時の欠片
その後日、桜の遺体は桜の家である七瀬家に移された。葬式は親族の間だけでこじんまりと行われ、おばさんに立ち会って欲しいと言われて僕も特別に立ち会うことが出来た。
白い菊の花が彩る台の真ん中に同じく真っ白な棺に入った真っ白な彼女を見て以前何処かで見た言葉を思い出していた。
【結婚式と葬式は同じ様に白い衣装を着て家族は皆黒い服を着て涙を流しているのに、その感情は全くの真逆だ】
本当にその通りだと思った。
けれど、この場で僕一人だけが涙を流すことが出来なかった。彼女の呼吸が止まったその日から僕はただぼーっと彼女のことを見ていることしか出来ない。ひたすら周りが悲しんでいるのを客観的に見ては、あぁ、彼女は死んだのだ。と繰り返し思った。
「千優くん、今日は来てくれてありがとう。」
「おばさん…、、」
数日ですっかりやつれた顔のおばさんが僕に向かって深く頭を下げた。
ぽたぽたと床に雫が落ちているのが見える。
「千優くんの話をしている時の桜は凄くっ、凄く可愛くてね…、、本当なら今頃…っ、」
「…大丈夫です…僕は、大丈夫ですから…。だからおばさん、顔を上げてください。」
「…ごめんなさいっ、ごめんなさいねっ、、…うっうぅ…。」
おばさんの悲痛な声が僕の心臓をぎゅっと掴んで握り潰してしまうのではないかと思った。
大丈夫、大丈夫
僕は大丈夫
僕は……
何度も繰り返して、そうやって自分に言い聞かせる。そうしなければ行けない気がした。
僕まで泣いてしまったらこの弱々しいおばさんは壊れてしまうのではないか?
いや…そんなの言い訳だ…。
ほかの誰の性でもない、紛れもなく僕自身が泣いてしまうことを拒んでいる。
そうしなければ、平気なフリをしていなければ僕は彼女が死んでしまったことを受け入れなければならないからだ。
それはあまりにも辛い。
だって僕の記憶の中で彼女は確かに生きていた。
明日、食事に行かないかと誘ったのは僕だった。
たった数分の短い電話。
彼女は携帯の向こう側で顔を綻ばせながら楽しみにしていると言っていた。
僕も笑顔でまた明日と言葉を返した。
何気ない明日がもう訪れないことなんて知りもしなかったから、知っていたら僕はきっと彼女の元に駆けて言ってカラオケでもカフェでもなんでもいいからその場から連れ出してずっとずっと彼女に好きだと、愛していると伝えて、そうして絶対に彼女を守ったのに…。
それなのに、今目の前にいる桜はその可愛らしい零れそうなくらい大きな目に僕を映してはくれない。
それどころか、もう一生彼女は世界中に散りばめられた彩を見ることも感じることも出来ないのだ。
僕はおばさんにお辞儀をして、彼女の棺に近づいた。手に持っていた真っ白な菊の花束をそっと彼女の棺の中に納める。そっと花束の中にメッセージカードを忍ばせて彼女に届きますようにと願った。
たった一言
【愛しています】
と、今直ぐにでも彼女に伝えたい言葉を…。
そうして結局、
僕は泣かなかった。
葬儀を終えて火葬場に着いて、彼女が灼熱の火の中で灰になっても、僕は涙を流すことは出来なかった。
白い菊の花が彩る台の真ん中に同じく真っ白な棺に入った真っ白な彼女を見て以前何処かで見た言葉を思い出していた。
【結婚式と葬式は同じ様に白い衣装を着て家族は皆黒い服を着て涙を流しているのに、その感情は全くの真逆だ】
本当にその通りだと思った。
けれど、この場で僕一人だけが涙を流すことが出来なかった。彼女の呼吸が止まったその日から僕はただぼーっと彼女のことを見ていることしか出来ない。ひたすら周りが悲しんでいるのを客観的に見ては、あぁ、彼女は死んだのだ。と繰り返し思った。
「千優くん、今日は来てくれてありがとう。」
「おばさん…、、」
数日ですっかりやつれた顔のおばさんが僕に向かって深く頭を下げた。
ぽたぽたと床に雫が落ちているのが見える。
「千優くんの話をしている時の桜は凄くっ、凄く可愛くてね…、、本当なら今頃…っ、」
「…大丈夫です…僕は、大丈夫ですから…。だからおばさん、顔を上げてください。」
「…ごめんなさいっ、ごめんなさいねっ、、…うっうぅ…。」
おばさんの悲痛な声が僕の心臓をぎゅっと掴んで握り潰してしまうのではないかと思った。
大丈夫、大丈夫
僕は大丈夫
僕は……
何度も繰り返して、そうやって自分に言い聞かせる。そうしなければ行けない気がした。
僕まで泣いてしまったらこの弱々しいおばさんは壊れてしまうのではないか?
いや…そんなの言い訳だ…。
ほかの誰の性でもない、紛れもなく僕自身が泣いてしまうことを拒んでいる。
そうしなければ、平気なフリをしていなければ僕は彼女が死んでしまったことを受け入れなければならないからだ。
それはあまりにも辛い。
だって僕の記憶の中で彼女は確かに生きていた。
明日、食事に行かないかと誘ったのは僕だった。
たった数分の短い電話。
彼女は携帯の向こう側で顔を綻ばせながら楽しみにしていると言っていた。
僕も笑顔でまた明日と言葉を返した。
何気ない明日がもう訪れないことなんて知りもしなかったから、知っていたら僕はきっと彼女の元に駆けて言ってカラオケでもカフェでもなんでもいいからその場から連れ出してずっとずっと彼女に好きだと、愛していると伝えて、そうして絶対に彼女を守ったのに…。
それなのに、今目の前にいる桜はその可愛らしい零れそうなくらい大きな目に僕を映してはくれない。
それどころか、もう一生彼女は世界中に散りばめられた彩を見ることも感じることも出来ないのだ。
僕はおばさんにお辞儀をして、彼女の棺に近づいた。手に持っていた真っ白な菊の花束をそっと彼女の棺の中に納める。そっと花束の中にメッセージカードを忍ばせて彼女に届きますようにと願った。
たった一言
【愛しています】
と、今直ぐにでも彼女に伝えたい言葉を…。
そうして結局、
僕は泣かなかった。
葬儀を終えて火葬場に着いて、彼女が灼熱の火の中で灰になっても、僕は涙を流すことは出来なかった。