バレンタイン・フェルマータ
向かった先は、同じ市内にある、プロピアニスト・楠木紘一の自宅。

私はピアノの調律師で、彼の自宅のピアノは、うちの調律事務所で私が担当している。

ヴァイオリンと違ってピアノの弦は滅多に切れないけれど、切れる時は切れる。そして、ヴァイオリニストと違ってピアニスト自ら張り替えられる人は滅多にいない。というわけで調律師の出番となる。



信号待ちの間に、コンビニに目が行った。

今日は2月14日。
バレンタインデーか。

彼に会えるのは3ヶ月に一度。
調律が終わった翌日には事務所に御礼のメールをくれる。
約1年、それだけのつながりだけど、好きになるのには充分だった。

一瞬、バレンタインチョコを買っていこうかとも思ったけど、すぐにその気持ちを振り払った。

彼はお客様だ。
告白なんてもってのほか。

義理チョコだと誤魔化して、お返しに気を遣わせるのも申し訳ない。

結論、現状維持。


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