もう一度〜あなたしか見えない〜
驚いた、あの人は私と別れたのと、ほぼ同時に会社を辞めてしまっていたのだ。


他にやりたいことが出来た、と言っていたそうだが、私の知る限り、あの人は自分の仕事にやりがいと誇りを持っていた。


だとしたら、私との決別をより完璧にする為に、転居や携帯の変更だけでは飽き足らずに、転職までしてしまったと言うことなのか?そして、その転職が、結局うまくいかなかったということなのだろうか・・・?


私はついに、ある人に連絡することを決心した。私の義母だった人、つまりあの人の母親にだ。


幼い頃に父親を亡くしたあの人は、母親に育てられた。それだけに、あの人の母親思いは尋常ではなく、プロポーズの時も


「僕の母親を大切にして欲しい。」


と念を押された程だ。女手1つで息子を大学まで出すのは、大変だったと思うが、そんな苦労を全く感じさせないくらい、穏やかで大人しい人で、こういう人に育てられて、夫はこんなに優しい人になったんだと納得させられたものだった。


私にも優しかったその人とは、いい関係を築けていたと思うが、それも夫との離婚で終わりを告げた。


離婚届にサインした次の日、私は彼女に連絡を入れた。本当は、足を運ぶべきだったのだろうが、その勇気が持てず、電話でこれまでのお礼と、離婚するに至ったことを詫びる私に


「あの子が未熟だったから、あなたに辛い思いをさせてしまいましたね。ごめんなさい。」


恐らく、離婚の原因が私にあることを知らされていなかった彼女の言葉に、私は涙を流しながら、受話器の向こうの彼女に頭を下げていた。


そんな元義母に、私はその後、何度も連絡したいという誘惑にかられた。元夫が恋しくて、近況が知りたくて、あの元義母なら、教えてくれるかもしれない、と。


それを、寸でのところで、なんとか思い留まって来たのだ。しかし、もうそのタブーを破るしかない。


大切にとっておいた彼女の電話番号をコールした私の耳に聞こえて来たのは・・・。


『お掛けになった電話番号は、現在使われておりません・・・。』


まさか・・・またしても私に立ちはだかるメッセージに呆然とする。我に返って、彼女が1人で暮らしていたアパートに行ってみると、その建物は既に跡形もなく、高層マンションに変わっていた。


私から元夫の居場所を手繰り寄せる糸は、完全に切れてしまっていた。
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