もう一度〜あなたしか見えない〜
出社すると、なにやらバタバタした雰囲気。聞けば、先ほど少し前に出社した彼が辞表を提出したのだと言う。


「冗談じゃないぞ。やっと先方との話がまとまりかけてるのに、担当者が突然放り出して、辞めちまうなんて、無責任すぎる。何考えてるんだ。」


憤り、吐き捨てるように言う同僚に、でも私は何の言葉も返せなかった。入社3年目、仕事も軌道に乗り始め、今大きなプロジェクトを受注する為に最前線で活躍している彼が、突如、会社を辞めようとする理由は1つしか考えられないのだから・・・。


会社をパニックに陥れ、午前中一杯、直属の上司はおろか、重役にまでひざ詰め談判で、辞表撤回を迫られていた彼とようやくコンタクトが取れたのは昼休みに入ってからだった。


「責任をもって、全てキチンと引き継いでから辞めますから。そう頑張って、なんとか認めてもらいました。」


そう言うと彼は寂しそうに笑った。


「でも会社を辞めることはないんじゃないの?」


「いえ、全て僕の責任です。先輩と先輩のご主人には、どんな償いでもするつもりです。申し訳ありませんでした。」


「何を言ってるの、私に償う必要がどこにあるの?」


「あなたが好きでした。なのに、その好きな人を、誤った道に引きずり込んでしまった。後悔しかありません。」


出会った頃のように、私のことを「先輩」と呼び、敬語で話す彼の姿が、私達の関係が終わったことを告げていた。
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