新月の夜はあなたを探しに


 「はぁー………結構濡れたな。」
 「そうですね……一瞬であんなに降るなんてビックリしました。」


 息を切らせながら自宅に駆け込み、荷物を玄関に置いた。


 「黒葉……大丈夫か?…………。」
 「…………はい。濡れましたけど着替えれば大丈夫です。」


 黒葉は顔に張り付いてしまった黒々とした髪を避けながら、微笑みながらそう言った。
 
 けれど、その時、葵音は黒葉に釘付けになっていた。

 濡れた髪に、頬を赤く染め、服は肌に張り付いて、肌の色が透けていた。
 色っぽい彼女の姿に本来ならば、欲情してしまう所なのかもしれない。

 けれど、葵音は違った。

 隣にいる彼女がその時何故かとても小さく見えたのだ。彼女が少し冷たそうに体を縮めていたからなのか、髪も服も張り付いていたからなのかはわからない。

 彼女はこのまま水に溶けていなくなってしまうのではないか……そんなありえない事を思ってしまった。

 
 そして、気づくと彼女に手を伸ばし強く抱き締めていた。
 彼女の肌がとても冷たい。
 それを温めるように、強く強く抱きしめた。


 「あ、葵音さん………どうしたんですか?」
 「黒葉………キスしてもいいか?」
 「………え…………っっ!!」


 返事を待つことも出来ず、葵音は彼女に強く口づけをした。
 突然の事で、黒葉は驚いていたようだったけれど、葵音は自分の気持ちと行動を止めることが出来なくなっていた。

 彼女がいなくなってしまう。
 ただ、それが怖くて抱きしめてキスをしていた。
 
 深く長いキスをした後も、気持ちの高まりは収まることもなく葵音を襲った。
 それを我慢する事なく、今度は黒葉の首筋を舐めて、そのまま顔を下ろしいき、今度は鎖骨部分にキスを落とした。

 すると、感じたことのない感覚だったのか、黒葉の体が小さく震えた。


 「葵音さん………。」
 

 その声を聞いてしまうと、また体に熱を感じてしまう。
 彼女はどうすればいなくならないのか?
 1つの考えが浮かんで、葵音は衝動的に黒葉の体を強く吸っていた。「あっ……。」という彼女の聞いたことのない声が耳元で聞こえる。けれども、それさえも無視して同じ場所を何度も吸い付くと、彼女の白い肌に赤い跡が付いた。

 それを見た瞬間に、ハッとなり葵音は黒葉から離れた。


 「悪い………。俺はタオルで体拭けばいいから。おまえは風呂入って体を温めた方がいい。」
 「あ…………はい。ありがとうございます。」


 葵音は彼女に背を向けたままそう言うと、躊躇いと恥じらいの声が聞こえ、そのまま小走りで風呂場に駆け込む彼女の足音が聞こえた。


 「はぁー………何やってんだ。こんなに耐え性もない独占欲の固まりの男だったのか、俺は………。恋人でもないのに………。」


 濡れた髪を乱暴にかき上げながら、独り呟く。
 葵音は今の自分の行動をすぐに後悔し、大きくため息をついたのだった。



< 64 / 136 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop