マリンスノー
「あんまり驚かないんだね。」

予想していた反応と違ったのか、うみくんは不思議そうな顔をしていた。
そっか。
うみくんは、私が噂で知ったことを知らないのか。

「噂で知ってたの、ふたりが付き合ったこと。」

「えっ、噂?」

「そりゃ、有名人の雪加瀬さんの彼氏なんだから噂にもなるよ。」

彼氏って言葉をちゃんと言えてただろうか。
声は震えていなかっただろうか。
うみくんは気づいていないだろうか。
笑顔の仮面をつけながら、私は自分の心臓をえぐる。

「雪加瀬さんって芸能人か何かなの?」

「えっ、違うよ。」

「じゃあ何で有名人なの?」

「それは……。かわいいからだよ。」

「……確かにかわいい。」

その時改めて自覚した。
うみくんは、やっぱりうみくんで。
まっさらな雪加瀬さんを好きになったんだ。
噂や第一印象、完璧な女の子としてみんなから愛される雪加瀬水菜じゃなく。
ちゃんと本人を好きになったんだ。
……そりゃ、雪加瀬さんも好きになるよね。

「凪は驚くと思ってたからなんかすっきりしないな。」

「あはは、嘘でも驚けば良かったね。」

乾いた笑いが出たことに内心焦りつつも。
鈍感なうみくんは私の些細な変化には気づかない。

「私と帰っていいの?」

改めてその質問を口にする。
でも、意図が伝わらなかったのかうみくんはやっぱり首をかしげた。

「彼女がいるのに、他の女の子と帰ったら雪加瀬さん嫌がると思うよ。」

丁寧に説明をしたけど。
でもやっぱり、うみくんは首をかしげたままだった。

「どうして彼女ができると凪と一緒に帰ったらいけないの?」

「だから……雪加瀬さん、嫌がるよきっと。」

「僕は今までずっと凪と一緒に学校に行って帰ってきたし。
 それは彼女ができたからといって帰るつもりはないよ。」

その言葉に驚いて、私はぱっとうみくんの顔を見た。

「凪とのこの時間は好きだから、失うのは嫌だな。」

「でも、それじゃ……」

「それに、水菜は僕の意見に賛成してくれてる。」

「……。」

「あと、凪は僕にとって家族同然だから。」

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