氷雨逆巻く天つ風の夜に【完】
ふたりで仲良く顔を洗って居間へ移動すると――いつも縁側で本を読んでいるはずの朔の姿はなく、常日頃朔の傍から離れない氷雨は焦って辺りを見回した。


「どこ行ったんだよ主さまは」


「丘の方へ行ったぞ」


屋根の上から艶のある低い声が降ってきた。

草履を履いて庭に出て屋根を見上げた氷雨は、九尾の白狐であり、同じく朔の側近という立場の銀(しろがね)が大きな欠伸をして丘の方を指した。


「お前なんでついて行かなかったんだよ」


「敷地内だし問題ないと思ってな」


「あーっもうあの餓鬼!ひとりでうろちょろしやがって!」


朔が幼い頃から世話をしたためつい乱暴な言葉遣いになってしまうことのある氷雨は、大股で裏庭を抜けて裏山に続く丘目指して速足で歩き始めた。


「お師匠様っ、待ってっ」


「朧は残ってていいぞ。どこかに行く時は必ず供をつけろって言ったのにあいつめ、叱ってやる!」


「私も行くっ!朔兄様はお強いんだからひとりでも大丈夫だよ?」


「それは分かってるけど万が一ってことがあるだろ。主さまに何かあったら俺が殺されるじゃねえか。先代に!」


――先代の十六夜(いざよい)の代から鬼頭に仕えている氷雨としては、犬猿の仲でもあった十六夜に間違いなく殺される確信があり、朧を嫁に貰う時もそれはもう壮絶なひと悶着があった過去がある。


ぞっとして身震いしながら丘を目指していると――朧が息を切らして遅れていて、立ち止まった氷雨は朧の元まで戻って手を差し出した。


「朔兄様は私たちのお家を見に行ったんですよ。設計図見たけどあんな広いお家、ふたりじゃ広すぎますよね」


「ほんとそうだよな。何を期待してるんだか…」


氷雨の温かい手に朧がどきどきしながら丘を上がり切った時――

建築中の家の前で御座に座って団子を食べている件の主を見つけた。


「おいこの野郎め、ひとりで出歩くなっつっただろうが!」


氷雨の雷、炸裂。
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