一目惚れの彼女は人の妻
「嘘でしょ? なんで触ってくれないの?」

「触ったじゃないですか。宏美さんの頬っぺたと、唇に……」

「俊君が触りたい所って、そこじゃないでしょ?」

「いいえ。そこですよ」

「嘘だ」

「嘘じゃない」

「絶対、嘘」

「絶対、嘘じゃない」

 もう、これじゃまた堂々巡りだ。

「さあ、帰りましょう?」

 俺は宏美さんのブラウスのボタンを手早く嵌め、次に上着のボタンも嵌めてあげ、宏美さんの背中に手を添えて公園を出た。宏美さんはずっと文句を言っていたけども。

 そしてタクシーに一緒に乗り込み、宏美さんを家の前で降ろした。宏美さんの家は、若い夫婦の家にしては古そうだった。

 ちなみに、宏美さんは家に着くまでずっと無言。厳密には、聞き取れない小さな声で、ブツブツ何かを言っていたけれども。

 それでも別れ際には、

「おやすみなさい。またね?」

 と言ってくれた。
 ふー。今日は大変な一日だったなあ……
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