シュガーレス
第12話 あの時の返事
 クリスマスの夜だった。
 静かな夜道にバッグの中で鳴り続ける携帯の音が響く。着信の相手は母親だった。
 鳴り続ける携帯に出ない理由を、一緒にいた、堤さんにはじめて打ち明けた日だった。この時はまだ密かに憧れる先輩だった堤さんに。

『高校を卒業してすぐ、新しいお父さんと弟が出来たんです』
 母親の再婚をきっかけに苗字が福田に変わった。
『でも、多感な年ごろだったしなかなか受け入れられなくて。……いきなり知らない異性二人と住むようになって、馴染めるわけがなかった』
 でも私はまだ子供だったし、唯一の家族である母親から離れることも出来なかった。
『心細くて母親にくっついてたけど、父は私が邪魔だっただろうし、母もほんとは父と二人きりでいたかったと思います。再婚でも、一応新婚だし』
 母は前の父の暴力に耐えながら私を守ってくれたし離婚した後も再婚するまでは女手一つで私を育ててくれた。大好きだった。
『ある日、お風呂に入ろうと思って脱衣所にいたら弟が入ってきました。一度ならまだしも、何度もそういうことがあって。それから、家の中どこにいても弟の視線が気になるようになって気持ち悪くて。私には頼る人が母しかいなかったから迷惑をかけるって分かってたけど、我慢が出来ず泣いて訴えました。でも、母から返ってきた答えは、内緒にしてくれって。……我慢、してくれって。昔みたいにもう、守ってくれませんでした。裏切られた気分でした』
 「そんなことよりも、今日はクリスマスよ。今なら何でも好きなクリスマスプレゼントも買ってもらえるよ。何が欲しい?」って。そんなの私は望んでいなかったけど……
『でも母の気持ちも分からなくもなくて。辛い思いしてきてやっと手に入れた幸せを簡単に壊したくないんだなって。もう母に期待するのは止めました。なんとか耐えて……バイトして資金を貯めて大学在学中に、家を飛び出しました』
 学費は新しい父が出してくれたけど、生活費は自分でなんとかしながら苦労して大学を卒業した。学費も就職してから少しずつ返した。
 家を出てから何度も母から連絡が来たし、家にまで訪ねてきたこともあったけど、母に裏切られたと言う気持ちから心を閉ざした私は頑なに母からの戻ってこいと言う言葉も、援助も拒否した。
 そしてそれからは何度も引っ越しを繰り返して、今もまだ母から逃げて暮らしている。一緒に住むつもりは毛頭ないし、新たな家族はこれから先も絶対に家族と思えることはないと思った。
『ほっといてくれていいのに。……たぶん、母は罪悪感を感じて』
『……福田さんは、母親のこと許す気あるの?』
『ない、かな』
 お母さんには感謝してる。だから、幸せになって。そのために私は家を出た。もう、お母さんの元に戻るつもりはない。
『でも、家族がいないと何かあった時頼る人がいなくて困るよね』
『今まで家を出てからはなんとかやってきたので。大丈夫です。それに、一生一人でいる気ないんで』
『そっか』
 幸福な家庭を知らない私が幸福な家庭を築けるかは分からないけど。
 この日も少し酔っていた私は、今じゃ考えられないような夢を語る恥ずかしい会話をしていた。それを堤さんはただじっと聞いてくれていた。

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