シュガーレス
第2話 愛のない行為
 訪ねてきたのは堤さんだった。
「珍しいね」
「何が」
「昨日もヤッたのに、今日も会いに来るなんて」
「うわ、言葉選んだら?」
「ほんとのことだもん」
 猫をかぶっても仕方がない。会社の外では割り切った関係。この男(ヒト)にとって私は性欲のはけ口でしかないもの。
 堤さんは上着を床の上に脱ぎ捨てると、適当な場所に座った。
「というか、家には三日目に前にも来てるよね」
「あれは引っ越したって言うからどんな家か見に来ただけじゃん。……って、三日前とまったく家ん中変わってないな。片付けたら?」
「休みの日にやります。平日は時間がないもん。分かってるでしょう?」
 この部屋には最近越してきたためまだ生活に必要なもの以外はダンボールに入って部屋の片隅に避けられている。
「ま、俺は。ベッドさえあればそれでいいんだけど」
「……ほら」
「たまには別の場所がいい?」
「今日は何をしに来たの」
「何って」
 視線だけをこちらに向けた挑発的な笑み。答えなんて一つしかないのに。馬鹿な期待をしてしまう。
「実希子が、寂しがってると思って」
 身体だけの関係のはずなのに、時々私のすべてを見透かしたような言動を取る。
 社内で、社外で付き合っていくうちに、ほぼ毎日のように顔を合わせればそれなりに会話もする。悔しいけど、私は彼を、彼は私を。他の誰よりも互いに理解し合っている。私の強がりな部分も、そのまま弱いところもすぐに見抜かれてしまう。だから余計に、離れられなくなってしまった。
 彼に対する憧れの気持ちが消えたのにも関わらず、寂しさを紛らわせる都合のいい相手だと自分に言い聞かせるようになったら、こんな関係をズルズルと続けて止められなくなった。
「余計なお世話だったなら、帰るけど」
 隣に座って袖口を指でつまむ。冷えた夜。寂しさに人恋しくなった時に一番癒されるのはヒトの体温。
 でも止められなくなった理由はそれだけではなかった。
「……帰らないで」
「……で?」 
 頬に手を添え、端正な顔を引き寄せて、形の良い唇に触れるだけのキスをする。
 唇が離れると、瞳に真っ先に映る相手の唇が「誘ってるの?」と形作った。引き込むような堤さんの声に、誘っているのは自分のはずなのに、逆に誘われているかのように気分が高揚していく。
 肩口から背中に腕が回されるとぐっと引き寄せられる。
「誘うときはそんな子供騙しのキスじゃダメだろ?」
 わたしの唇を捕える伏し目がちの堤さんの色っぽい表情にたまらず目を閉じる。
 再び唇を重ね合い、角度を変えながらキスを繰り返し、どちらからともなく口を開くと流れ込んできた堤さんの舌が余すことなく私の口内を侵していく。相手が顔を傾けてさらに奥へ奥へと攻めたててくれば、頭を抱え込んで懸命にそれに応える。溺れるようにキスを繰り返して、キスだけで簡単に私の理性は焼き切れてしまう。

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