社内クレーム処理課もぐら部
美人であるための条件は、何も容姿に限った話じゃない。容姿が整っていることは最低の条件で、あとは性格や自信だとわたしは思う。誰もが見惚れる器を持ち、それに見合った中身を有する者が真の美人なのだ。


「うわぁ」
 都会の一等地に建つ大きなオフィスビルを見上げて、わたしは思わず歓声を上げた。自分の勤める会社のオフィスだが、本社を訪ねるのは実に数年ぶりのことである。最後に来たのは入社式だったろうか。入社してから先週いっぱいまで店舗勤務をしていたわたしにとっては縁のない場所だった。

「本日からこちらに配属になった、高遠と申します」
「高遠様ですね。部署はどちらになりますか?」
「お問い合わせ処理課です」
 人事異動通知に記されていたのはこんな名前だったような気がする。要はお客様センターで、クレーム処理課だろう。以前の仕事とは違って、明らかな左遷であることは確かだった。

 前髪を横に流した優しい顔立ちの彼女は内線をかけて確認を取ってくれているようだった。カウンターの外側にいる人間からしてもこの間は若干気まずいものなのだな、と思った。暫く待っていると受付の女性社員は眉尻を下げ、申し訳なさそうに声をかけてくる。
「高遠様のお名前がございませんでした。失礼ですが部署をお間違いではありませんか?」
 持参していた人事異動通知を鞄から引っ張り出すと、その拍子にペットボトルが落ちた。

「社内問い合わせ処理課、です」
 やはりそう記してあるではないか。会社側の確認ミスでは、と顔を顰めると、女性は苦い顔つきに変わった。そしてああ、と二度頷いた後、
「そちらでしたら階段を下りていただいて、ずっと先にございます」
 先程は丁寧に先方へ問い合わせてくれたのに、部署名を聞いた瞬間女性の態度が変わった事に不信感を抱いた。何故確認が不要なのだろう。それにどことなく彼女から同情の念がこもっているような気さえする。

 驚くべきことに、エレベーターには地下の表示が無かった。正確に言うならば、先の彼女は『階段を下りて』と言ったのだ。この建物は地下のない構造になっているのだろうに、何で彼女は階段を下りてと言ったのだろうか。暫く辺りを見回してみると、緑と白の見慣れた人影の表示が目に入った。まさかと思うが階段とはこれのことではあるまいな。
 しかしいくら探したところでいつから使われているのか、いや今は使われてすらいないような非常階段しか見当たらないのだった。


 階段を下りた先は薄暗く、人の気配がまるでしない。しんと静まり返った廊下にはわたしのヒール靴の音だけが鳴り響いている。正直下手なお化け屋敷なんかよりもずっと怖い。不気味さすらも感じ始めていた。

「おい」
「ひゃう!」
 後ろから掛けられた声に驚いてしまったのも無理はないと思う。
 一瞬呆けたように目を丸めていた男であったが、今度は鬼のような形相でこちらを睨みつけてくる。怖いなんてものじゃない。恐ろしすぎて顔を上げられない。
「お前、これを落としただろう」
 男が差し出して来たのは飲み差しのミネラルウォーター。銘柄は今朝、駅前のコンビニでわたしが購入したものと相違なかった。

「あ、ありがとうございます」
  ただ礼を言うだけのことで、わたしは言葉に詰まってしまう。どこまで行っても出来損ない。どれだけ優れた容姿を持っても、それに付随する中身を持たないのである。なまじ見かけが人より優れているだけに残念さが際立ってしまう。
  美人に生まれたことを後悔するだなんて贅沢かもしれないが、わたしは今までの人生で綺麗だと持て囃されても、一つも嬉しくはなかった。

  ロイスチェルシーホテルの仕事が決まった時だって、わたしは内勤を希望したはずだった。しかしいざ蓋を開けてみれば、わたしはホテルの顔とも呼べるフロントに任命されたのである。その容姿を生かさないのは勿体無いと言われて、仕方なくだった。
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