【完】絶えうるなら、琥珀の隙間
優しく抉るかの様な瞳が、真っすぐに突き刺さる。
(……初めて『コウ』に会った時みたいだ)
綺麗だ、と馬鹿な事を思った。
だって、いつ如何なる時でも、翠の瞳は濁りを知らない。
それなのに、それに見つめられている自分という存在は、一体どれほど汚いのだろう?
その残酷な瞳に、もうこれ以上映りたくは無いのだ。
そっちまで汚れでもしたら、きっと耐え切れない。
「……も、もどり、たい」
つっかえつっかえの言葉は、情けなくも震えを帯びていた。
(嗚呼、答えてしまった)
口にした瞬間、とんでもない絶望が押し寄せて来た。
翠は、静かにカヤを放した。
カヤは何も言い出せないままに俯く。
きっとさすがの翠も、怒ってこの場を去っていってしまうだろうと思った。
「……ははっ、成程な。ようやく分かった」
聞こえて来たのは、笑い交じりの声だった。
予想していたものとは全く違ったその科白に、カヤは驚いて顔を上げる。
「え?何が?」
その笑いの意味がさっぱり分からなくて、思わずそう聞き返した。
先ほどまで無表情に近かったくせに、翠はさも可笑しそうに顔を緩めたまま言った。
「カヤ、嘘付くとき眉毛下がるんだな」
(え?眉毛?)
一瞬呆然として、それからカヤは勢いよく眉を隠した。
「んなっ……!」
一体何を言っているんだと、わなわな震えながら翠を睨む。
「か、からかうの止めてって言ってるでしょ!?」
抗議するカヤに、翠は肩を揺らして笑うばかり。
なんだこの人。なんなんだこの人は!
真剣な顔をしたと思えば人を馬鹿にして!
顔が真っ赤になったのが分かって、それを見られたくなくて翠から顔をふんっと逸らした。
一しきり笑って満足したらしい翠は、そっぽ向くカヤに向かって口を開いた。
「なあ、カヤ。明日、絶対に自分の口から戻りたいって言うなよ」
背中側からそんな真剣な声が聞こえてくる。
カヤが決死の覚悟で吐いた嘘は、完全に見抜かれているようだった。
これ以上嘘を付いても墓穴を掘るだけだと悟り、カヤはおずおずと首だけを翠の方に回した。
「……でも、私が戻らなきゃ翠がお嫁に行かなくちゃ駄目じゃん」
「大陸に行くんだろ?それがカヤの夢なんだろ?」
翠は、首を小さく傾げながら言い聞かせるように言った。
(あの日、私が言った夢を覚えていてくれていたなんて)
一瞬だけ嬉しさが湧いて、けれどそれを振り払うようにカヤは首を振った。
「私の夢なんてどうでも良い。翠の夢と比べたらあんなの……」
比べる事さえ恐れ多い。
ちっぽけなちっぽけな、カヤの中だけで完結してしまうあんな夢など。
しかし萎縮するカヤに、翠は真剣な表情で言った。
「カヤ。他人の夢と自分の夢を比較するような事はするな」
『翠』と話しているはずなのに、まるで『翠様』の言葉を受けているような錯覚に陥る。
目を見張るカヤに、翠はしっかりとした口調で言った。
「自分の意志が無いと、道は開けない」
それは、道標。
"意志のあるところに、道は開く"
かつてカヤが初めて翠と会った日。
翠様の姿で、彼が告げた言葉だった。
あの日見上げた三日月を、思い出す。
触れれば切れそうな刃が、確かにあの時、柔和に笑む彼の瞳に見えたのだ。
開こうと思った道は、きっともう開く事は出来ないだろう。
それでも一度は持った意志を、夢を、ないがしろにするのは止めておこう。
「……ごめん。そうだね」
ぽつりと謝ったカヤに、翠は目元を緩めた。
「約束な」
ぽんぽん、とカヤの頭を撫でて、そして翠は立ち上がる。
「さ、そろそろ戻るか。タケルも心配しているだろうし」
そう言って、翠は驚くほどにいつも通り笑ったのだった。
(……初めて『コウ』に会った時みたいだ)
綺麗だ、と馬鹿な事を思った。
だって、いつ如何なる時でも、翠の瞳は濁りを知らない。
それなのに、それに見つめられている自分という存在は、一体どれほど汚いのだろう?
その残酷な瞳に、もうこれ以上映りたくは無いのだ。
そっちまで汚れでもしたら、きっと耐え切れない。
「……も、もどり、たい」
つっかえつっかえの言葉は、情けなくも震えを帯びていた。
(嗚呼、答えてしまった)
口にした瞬間、とんでもない絶望が押し寄せて来た。
翠は、静かにカヤを放した。
カヤは何も言い出せないままに俯く。
きっとさすがの翠も、怒ってこの場を去っていってしまうだろうと思った。
「……ははっ、成程な。ようやく分かった」
聞こえて来たのは、笑い交じりの声だった。
予想していたものとは全く違ったその科白に、カヤは驚いて顔を上げる。
「え?何が?」
その笑いの意味がさっぱり分からなくて、思わずそう聞き返した。
先ほどまで無表情に近かったくせに、翠はさも可笑しそうに顔を緩めたまま言った。
「カヤ、嘘付くとき眉毛下がるんだな」
(え?眉毛?)
一瞬呆然として、それからカヤは勢いよく眉を隠した。
「んなっ……!」
一体何を言っているんだと、わなわな震えながら翠を睨む。
「か、からかうの止めてって言ってるでしょ!?」
抗議するカヤに、翠は肩を揺らして笑うばかり。
なんだこの人。なんなんだこの人は!
真剣な顔をしたと思えば人を馬鹿にして!
顔が真っ赤になったのが分かって、それを見られたくなくて翠から顔をふんっと逸らした。
一しきり笑って満足したらしい翠は、そっぽ向くカヤに向かって口を開いた。
「なあ、カヤ。明日、絶対に自分の口から戻りたいって言うなよ」
背中側からそんな真剣な声が聞こえてくる。
カヤが決死の覚悟で吐いた嘘は、完全に見抜かれているようだった。
これ以上嘘を付いても墓穴を掘るだけだと悟り、カヤはおずおずと首だけを翠の方に回した。
「……でも、私が戻らなきゃ翠がお嫁に行かなくちゃ駄目じゃん」
「大陸に行くんだろ?それがカヤの夢なんだろ?」
翠は、首を小さく傾げながら言い聞かせるように言った。
(あの日、私が言った夢を覚えていてくれていたなんて)
一瞬だけ嬉しさが湧いて、けれどそれを振り払うようにカヤは首を振った。
「私の夢なんてどうでも良い。翠の夢と比べたらあんなの……」
比べる事さえ恐れ多い。
ちっぽけなちっぽけな、カヤの中だけで完結してしまうあんな夢など。
しかし萎縮するカヤに、翠は真剣な表情で言った。
「カヤ。他人の夢と自分の夢を比較するような事はするな」
『翠』と話しているはずなのに、まるで『翠様』の言葉を受けているような錯覚に陥る。
目を見張るカヤに、翠はしっかりとした口調で言った。
「自分の意志が無いと、道は開けない」
それは、道標。
"意志のあるところに、道は開く"
かつてカヤが初めて翠と会った日。
翠様の姿で、彼が告げた言葉だった。
あの日見上げた三日月を、思い出す。
触れれば切れそうな刃が、確かにあの時、柔和に笑む彼の瞳に見えたのだ。
開こうと思った道は、きっともう開く事は出来ないだろう。
それでも一度は持った意志を、夢を、ないがしろにするのは止めておこう。
「……ごめん。そうだね」
ぽつりと謝ったカヤに、翠は目元を緩めた。
「約束な」
ぽんぽん、とカヤの頭を撫でて、そして翠は立ち上がる。
「さ、そろそろ戻るか。タケルも心配しているだろうし」
そう言って、翠は驚くほどにいつも通り笑ったのだった。