【完】絶えうるなら、琥珀の隙間
「明日の祝言が楽しみだな」

翠がそう言うと、弥依彦の肩がぷるぷると震え始めた。
そして数秒後、堪えきれないように叫び出した。

「……っよぉし!僕は気分が良い!今夜は飲み明かすぞ!」

そう宣言し、弥依彦はそこら中の酒を手あたり次第呑み始めた。

その様子を、翠はただただ微笑みながら見つめる。


(嗚呼、本当に悪夢だ)

――――宴は、暴走した弥依彦が酔いつぶれるまで続いた。











「では、翠様。おやすみなさいませ」

タケルとミナトがそう言って頭を下げた。

「ああ、明日に備えて良く休むよう皆に伝えてくれ。さ、行こうカヤ」

翠が二人に笑いかけ、カヤを呼び寄せる。

カヤは「はい」と返事をし、砦の者に案内されて客室に向かう翠の後を追った。


外はすっかり真夜中になっており、あと数刻もすれば夜明けが訪れるような時分だった。

無駄に酒に強いらしい弥依彦のせいで、宴がなかなか終わらなかったのだ。

つい先ほど、ようやく酔い潰れた弥依彦が自室に運ばれていったのを機に、カヤ達はやっとあの場から解放された。


カヤ達には、ハヤセミの計らいで客室が宛がわれた。

唯一の女性である(と、ハヤセミが信じて疑わない)翠とカヤは、当然同室のようだ。


「こちらでございます」

砦の兵に案内された部屋は、カヤにとって非常に見知った部屋だった。

「ああ、ありがとう」

「それでは私共は離れた所におりますので、何か御座いましたらお呼びつけ下さい」

翠に向かって頭を下げ、兵達は去っていった。


(……この部屋を私に宛がうなんて、あの男らしい)

ハヤセミを憎々しく感じながら、翠に続いて部屋に入る。


部屋を見回した瞬間――――わっ、と記憶が襲い掛かってきた。

白黒だった頭の中の映像が、一気に色付いていく。
刻々と穴が空きかけていた記憶が、再び構築されてしまった。

冷たく無機質な石壁と、その壁をくり抜いて作られている寝台、小さな木製の調度棚、森が見える窓、そして何なら床の麻製の敷物さえ、何一つとして変わっていなかった。


「……カヤ」

呆けたように突っ立つカヤに、翠が声を掛けた。

ゆるゆると、そちらを見やる。
翠は、なぜだか酷く申し訳なさそうにカヤを見つめていた。

「本当にごめん。大事にしてた髪、切って」

先ほどまであんなに完璧な笑顔を浮かべていたのに。

その片鱗すら見せない程、翠の表情は感情に溢れていた。

髪を切られた事は確かに驚いたが、カヤが聴きたかったのは到底そんな言葉では無かった。

「……どうして?」

喉から出て来たのは、情けない程にか細い声だった。

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