【完】絶えうるなら、琥珀の隙間
「……秋の祭事は中止にしましょう」

次にタケルが口を開いた時、その声量は随分と小さくなっていた。
とは言え怒りが収まったわけでは無く、無理やりに感情を抑えつけているだけのように聞こえた。

「その必要は無い」

翠が即座に言った。
しかしタケルは「そうも行きません」と否定の色を示す。

「私は、明日にでもそのように御布令を出そうと考えております」

「おい、勝手に決めるな」

「今の貴方に祈祷は任せられません。中止にした方がマシです」

冷ややかなタケルの態度に、翠が黙り込んだのが分かった。
二度目の沈黙の後、タケルが静かに口を開いた。

「翠様。一体何を隠していらっしゃるのです?」

不自然なほどに落ち着き払った声だった。

「私は貴方が心配なのです。どうか私めにお話頂けませぬか」

タケルがどれだけ翠を気遣わしく思っているのか、声色に濃く滲み出ていた。
まるで、翠の頑なな心を溶かそうとするように。

しかしながら、翠は頑固だった。

「お前に話す事は何も無い」

きっぱりと言い切った翠に、遂にタケルの堪忍袋の尾が切れた。

「っ良い加減にして下され、翠様!」

あまりの大声に、会話に集中していたカヤは飛び上がった。

「最近の貴方様は明らかに可笑しい!先日のあの占いは何なんですか!あんな懈怠な言霊、貴方らしくも無い!あれではっ……あれでは、まるで力が……!」

「タケル!」

遮るような翠の一声に、タケルが閉口した。

「……悪いけど出て行ってくれ」

消え入りそうな程、低い声。
怒りの色は無い。ただただ、崩れ落ちそうな危うさだけ。

「しかしっ、」

「一人にしてくれ!」

タケルの抗いを、翠は許さなかった。

数秒の沈黙後、ドスドスと言う足音が近づいてきて、カヤは慌てて入口から離れ、近くの部屋へ逃げ込んだ。

正に電光石火。部屋に滑り込んだと同時、翠の部屋からタケルがぬっと出てきた。

カヤは息を顰めてじっとし、タケルが去るのを待った。

タケルはほんの少しだけ翠の部屋の前で佇んだ後、やがて歩き出し、カヤが隠れる部屋の前を通り過ぎて行った。
その足音は、普段よりもずっと大人しかった。


タケルが完全に去って行った後も、カヤは衝撃でしばらくその場を動けなかった。

(やっぱり翠は何かを隠している。しかもタケル様にも言えないような事を)

心配しているタケルを突き放すような真似をしてまで、一体何を隠しているのか。


カヤは意を決して、隠れていた部屋から抜け出した。

忍び足で翠の部屋の前まで戻ってきた時、中から鈴の音が聞こえてきた。

――――シャン、シャンッ。
神楽鈴の音だ。


「……水は下りて地は得る灯り。天が得るは下る水」

翠の言霊が、鈴の音に紛れて聞こえてくる。

それを耳にした瞬間、カヤでさえ悟った。
嗚呼、そんな迷いのある声では、きっとお告げは降りてこない。

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