【完】絶えうるなら、琥珀の隙間
部屋に入ると、翠は机に向かって筆を執っていた。

カヤに気が付いた翠は顔を上げ、そしてすぐさま手の中の書簡にも気が付いた。

「……高官達からの婿候補なら、もう受け取らないぞ」

げんなりしたように言った翠の視線の先には、大量の書簡の束が。

部屋の隅に山積みになったそれらは、今や雪崩を起こしかけていた。

予想していた反応そのままだったため、思わず苦笑いをしながらもカヤは翠に書簡を差し出した。

「違うよ、タケル様から。必ず目を通して欲しいって」

「タケルから?」

意外そうな声を出し、翠は素直に手を伸ばしてきた。



――――嗚呼、燃やしたい。

ぞわり、と、突如激しい衝動に駆られた。



だがそれに気付くはずもない翠の指は、するりと書簡を受け取っていく。

ぼんやりしていたカヤは、言うべき事を言うのが遅れてしまった。

ハッとして意識を取り戻した時には、すでに翠は書簡の封を開けて中身の確認に入っていた。

「あ、ちょっと待って!一人の時に見て欲しいって……」

「えっ……あ、」

慌てて止めようと手を伸ばした時、勢い余ったカヤの手が書簡を叩き落としてしまった。

ひらり。
机の上に舞い落ちた書簡がチラリと見えた時、翠が一瞬でそれを掠め取った。

しん、と僅かな沈黙が走る。



「……見たか?」

明らかに動揺したような翠が、窺うような視線を向けてきた。

見えた。何かびっしりと文字が書いてあった。
何人もの人名らしき文字も見えた。

ただ、事前に中身を知らなければ、あの一瞬ではそれが何だったのかは分からなかっただろうが。

「あー……」

一瞬言葉に詰まったカヤだったが、もう素直に言う事にした。

「ごめんごめん。実は元から中身知ってるの。だから気にしないで下さいな」

翠に気を使って欲しくなくて、あっけらかんと笑う。

の、だが、それは逆に翠の顔から表情というものを奪ってしまった。


「……何?」

明らかに翠の声が低くなった。

「え」

「タケルの奴、わざわざ中身が何なのかカヤに言ったって事か?」

ぐしゃり、と音がした。
翠の手の中の書簡が握り潰された音だった。

しまった。言葉が足りなかった。

「違う違う!私が勝手に気付いちゃっただけなの!タケル様は何も悪くないよ!」

慌てて弁解するが、翠はもう握り潰した書簡を更に両手でぐしゃぐしゃに丸めていた。


「……もうタケルからは何も受け取らなく良いぞ」

そう言って、翠は"元"書簡を机の上に雑に転がした。

ああ、これでもかと言うほど見事な丸になってしまっている。

これは困った。
タケルに、必ず翠に見てもらうようにする、と言ってしまったのに。


「まあまあ、取りあえず減るもんじゃないし見ておきなよ。ね?」

無駄とは分かりつつも、カヤはそう促してみた。

「見るわけが無い」

きっぱりと言って、翠は忌々しそうに丸められた書簡を見下ろした。

「頼むから『カヤが』こんなもの持ってくるのは止めてくれ」




それ以降、翠は高官達からだけではなく、タケルからの書簡も開かないようになってしまった。

とは言え、いつまでもそんな翠の抵抗をタケルが許すはずも無く―――――業を煮やしたタケルが、強硬手段に出たのは、それからすぐの事だった。


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