【完】絶えうるなら、琥珀の隙間
行き着く先の違う夢は
翠様はカヤが居るせいか、馬は置いて歩いて屋敷へ戻るようだった。
村人達の喧噪から離れ、やがて周りが静かになった頃、タケルがポツリと口を開いた。
「……翠様、申し訳ありません」
「ん?」
唐突な謝罪に、翠様がタケルを見やる。
「ミナトは、普段あのような事を言う者では無いのですが……後ほど厳しく言って聞かせますので、どうかお咎めはご容赦下さい」
『お咎め』と言う単語に、カヤはドキリとした。
ミナトのあの行為は、それに値するような大変ものだったのか。
しかし、カヤの心配をよそに、翠様は眉を下げて笑った。
「咎める事などするわけがあるまいよ。ミナトは従順すぎて少し心配だったのだが、あんな事を言えるとはな……良い事だ」
柔らかなその口調に、胸を撫で下ろす。
タケルも、安心したように「ありがとうございます」と言葉を吐いた。
カヤは二人の後ろを付いていきながら、目の前の翠様をチラチラと何度も見やった。
(この人は、私を罰するんだろうか)
前を行くその背中から、そんな殺伐とした空気は感じ取れない。
しかし、よりにもよって本人の目の前で、色々とやらかしてしまった罪は重いだろう。
不安と混乱が渦巻き、吐きそうになっていると、目の前の二人の足が止まった。
いつの間にか、屋敷の門の前までやってきていた。
以前はとてもじゃないが潜れそうになかったその門を、翠様に続いて通り抜ける。
両脇に立つ兵達が綺麗な角度で礼をした。
屋敷の塀の中に足を踏み入れたカヤは、眼を丸くした。
敷地内は、とんでもない広さだったのだ。
それに、なんと言っても建物の数が多い事。
敷地に建つのは、以前ナツナから教えてもらった、屋敷の人間の住居だけでは無かった。
ここから見えるだけでも広場、食糧庫、集会場、酒場と言った外の村にもあるような建物が見える。
屋敷の中なのに、まるで一つの村のようだ。
屋敷の使用人達が翠様に向かって頭を下げる中、カヤ達はひと際大きな建物に向かって進む。
カヤの家からでも見えたあの立派な建物は、近くで見ると圧倒されるような大きさだった。
口をポカンと開けながら翠様達に続いてその建物に入る。
足を踏み入れた瞬間、カヤの眼に飛び込んできたのは左右に伸びる長い廊下とそこを足早に行きかう人々の姿だった。
どうやら屋敷の使用人達らしい。
(……廊下の先が見えないのですが)
寧ろ広すぎて不安になる。
呆けたように突っ立っていると、翠様に名前を呼ばれたため、ようやくカヤは歩みを再開させた。
「おかえりなさいませ」
「おかえりなさいませ、翠様」
翠様が通るたびに屋敷の人達が手を止めて頭を下げる。
翠様もタケルも慣れた様子で廊下の真ん中を歩いていくが、肩身の狭すぎるカヤはなるべく体を小さくして後に続いた。
3人は長く続く廊下の端までは行かず、途中右に曲がった。
それからすぐ左に曲がり、そしてしばらく歩いて右、また右、今度は左、それから右……その辺りでカヤは、道順を覚えるのを諦めた。
非常に入り組んだ造りをしている建物だ。
敵に攻め込まれた時の事を考え、あえてそうしているのかもしれない。
やがて使用人達の姿が徐々に少なくなっていき、屋敷のかなり奥の方へと入り込んでいった頃、ようやく2人の足が止まった。
カヤ達以外の人間は誰も居らず、辺りは不自然に静まり返っている。