【完】絶えうるなら、琥珀の隙間

旋律はあなたを削る

その日から、カヤの屋敷での生活は始まった。


有り難い事にカヤは屋敷内にある住居を与えられ、そこで生活をする事が出来た。
唯一の心残りは、ナツナの隣の家に住めなくなってしまう事だった。

が、今度は昼間に屋敷で会う事が出来る。
そう思うと少し心が救われた。


以前から来ていた汚れた服の代わりに、新しく綺麗な服を与えられ。

今にも崩れ落ちそうだった家の心配をする事も無く。
そして、何よりまともなご飯を食べさせてもらえる。

やっと人間らしい生活が出来る事に安堵し、これから始まる屋敷での生活に期待半分、不安半分の思いだった。

しかしまあ、人生そう上手く運ぶはずもなく。

カヤを待っていたのは、期待半分どころか、不安しか無いような日々だった。





「っ、きゃあ!」

ドンッ!という衝撃と共に、カヤの手の中の御膳から器が飛び出した。

カシャーン!という音がして辺りに汁が飛び散る。

「あら、ごめんなさいね」

カヤに思いっきりぶつかってきた張本人は、全く悪いとも思っていないような声色で去っていく。

見知らぬその女の子は、カヤと同じくらいの年だ。

(……またか)

その後ろ姿を恨めしく睨みつけながら、カヤは床に転がる器を拾い上げた。


カヤがたった今運んでいたのは、翠が食べる朝げだった。

めでたく翠のお世話役に就任したカヤの仕事の一つが、翠の食事を部屋まで運ぶ事だった。

他にも、占いで使用する神具のお手入れ、翠の私室の掃除、その他身の回りのお世話……など、など。

正直そんなに難しいものでも無いので安心していたのだが、問題はそこでは無かった。

――――どうやらカヤは、屋敷の者達にえらく嫌われているらしい。



廊下に飛び散ってしまった汁をふき取りながら、カヤは深くため息を付いた。

この屋敷に住み始めて、今日で3日。
既にカヤの心は、村に住んでいた時よりも疲弊していた。


"あの金髪の娘が、どうも翠様の世話役になったらしい"

そんな話は瞬く間に広まり、次の日からカヤはやたら嫌がらせをされるようになっていた。

こちらを見て内緒話をされたり、今のようにすれ違いざまにぶつかってきたりするのは、まだ可愛い方で。

酷い時はわざわざカヤの行く手を塞ぎ、心無い言葉を浴びせかけてくる人間も居た。
しかもカヤが一人の時にしてくるもんだから、たち悪い。


ひっくり返ってしまった汁物を貰いに行こうと、カヤはげんなりしながら台所へと引き返した。

廊下を歩くカヤを、屋敷の使用人達はあからさまに避け、眉を寄せながら見つめてくる。

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