【完】絶えうるなら、琥珀の隙間
「――――……うむ。よくぞ言ってくれた、カヤ」

やがてタケルが大きく頷いた。

「それでこそ翠様がお選びになった女性だ。どうか、頼んだ」

カヤの肩にポン、と手を置き、タケルは微笑んだ。


(ああ、届いた)

鼻の奥が、つぅんと痛む。
危うくまた出かけた涙を必死に呑みこみ、カヤは強く強く頷いた。

「はい!」

もう泣かない。
すべてが終わるまで、涙はお預けだ。


「そうと決まれば、すぐに馬を用意せねば。砦まで蒼月を連れて迎えそうか」

タケルが、馬に乗せていた自分用の鞍を外しに掛かった。

「はい。あまり早くは走れませんが、紐で固定して、しっかり抱いていれば大丈夫かと……」

カヤもすぐに準備に取り掛かろうと歩き出しかけた時、

「ひこー」

そんな蒼月の声と共に、進行方向とは逆の方向に引っ張られた。

「わっ」

カヤは慌てて立ち止まった。

振り向けば、何故だか蒼月が真横に居た弥依彦の衣を、ギュっと握り締めていた。

「な、なんだよ?」

唐突に引っ張られ、当惑顔の弥依彦に、蒼月があっけらかんと言った。

「ひこも、いくの」

「はあ!?僕も!?嫌だよ、無理に決まってるだろ!」

仰天したように弥依彦が首をブンブンと横に振った瞬間だった。

「いやー!ひこも一緒ー!」

蒼月が、耳をつんざくような金切声を上げた。

「う、うるさい!うるさいぞ!どうにかしろ、クンリク!」

「コラ、蒼月!駄目だよ!弥依彦は一緒には行かないの!」

弥依彦の衣にしがみ付いて、テコでも放そうとしない蒼月を慌てて引っ張りながら、カヤは大声で叫んだ。

「そうだぞ!僕は行かないからな!」

弥依彦が賛同するように声を上げたが、蒼月の泣き声はそれを掻き消すほどに大きい。

「いーやー!ひこもーっ!」

ブンブンと衣を振られまくり、もはや半裸状態の弥依彦が、喚く様に言った。

「行かないったら行かない!絶対に行かないぞ!大体、あの国に戻るなんて、幾らなんでも危なすぎる……」

ぴた、と弥依彦の言葉が途切れたので、カヤは何事かと思い、蒼月を引き剥がすのを止めてしまった。

「……いや、待てよ……寧ろ……」

あれだけ必死に蒼月から逃れようとしていた弥依彦は、何やら顎に手を当て、考え込んでいる。

カヤとナツナが顔を見合わせていると、コホン、と咳払いした弥依彦が、腰に手を当てた。

「わ、分かったよ!僕が着いて行ってやるよ!」

胸を張ってそう宣言した弥依彦に、蒼月以外の全員が耳を疑った。

あれだけ嫌がっていたと言うのに、一体全体どういう風の吹き回しなのだ。

「え……?いいの……?本当に……?」

半信半疑で尋ねると、弥依彦は任せろ、と言わんばかりに、己の胸を拳で叩いた。

「蒼月にこれだけお願いされてるんだ!致し方なく、だからな!」

「あ……ありがとう……」

眼を白黒させながら礼を言えば、「そうと決まればすぐに出発するぞ!」と、弥依彦が意気揚々に言ったのだった。
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