【完】絶えうるなら、琥珀の隙間
ハヤセミは一度だけ空を仰ぐ仕草を見せると、それからゆっくりと弟を振り向いた。


「私に付いて来てくれるか、ミズノエ」


その口元がほんの僅かに上がっている事に一番驚いたのは、恐らくミナトだった。

大きく眼を見開いたミナトの顔が、やがて万遍の笑顔に成り代わる。


「言われるまでも御座いません」


もう一度深々と頭を下げたミナトに、今度こそハヤセミが、はっきりとした笑みを浮かべたのであった。

















――――――十日後。


「もうすぐ村に着くかな?」

「ああ。あと少しだ」

カヤが声を掛ければ、後ろで手綱を握ってくれている翠が言葉を返した。


良く晴れた秋の日。

カヤは蒼月を抱きながら、数年ぶりに通る道を馬で進んでいた。


カヤと翠は、タケル達と共に翠の屋敷へと戻っていた。

あの日砦を襲った水害は、カヤが思ったよりもずっと広範囲に渡っていた。

どうやら氾濫は国境辺りで起きたらしく、翠の国側にも水が迫ったようだった。

しかし国境辺りは元々土地が高い地形だったらしく、幸いにもハヤセミの国ほどの甚大な被害は無かったらしい。

とは言え、全く被害が無かったわけでは無い。

翠とタケルはこの十日間、寝る間も惜しんで周辺地域の被害調査を行っていた。

その間カヤと蒼月は、律と共に洞窟に身を寄せ、翠達の公務が終わるのを待った。

たっぷり休んだ律はすっかり元気になり、十日間の間に、洞窟近くの村も少しずつ復興が進んできた様子だ。

そしてつい昨日、大方の調査を終えた翠達に迎えに来て貰い、こうして屋敷へと戻っているという訳だ。



―――――しかし、喜ばしい帰還と言う訳にもいかなかった。


「……翠、大丈夫?」

カヤは、先程から口数の少ない翠を振り向いた。

「今の所はな」

翠が冗談めいたように笑ったが、それでも表情の弱々しさは隠せなかった。

それも無理は無かった。


「……盟約は結べたけど、男だって知られちゃったもんね」

カヤとミナトの婚礼の儀で、翠は自分が男だと言う事、そしてカヤとの間に子供が居る事を公言した。

全ては、国境沿いに居たハヤセミ側の兵を氾濫から守るためだった。

彼のあの行動のお陰で、兵達への伝達が間に合い、幸いにも氾濫に巻き込まれる者は居なかったと聞いている。

だが、人の口に戸は立てられないものだ。

「俺の国中にも話は広がってるだろうし、さすがにもう駄目だろうな」

翠が苦笑いを零した。

カヤは喉からどっちつかずの返答を返すしかなかった。

< 631 / 637 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop