【完】絶えうるなら、琥珀の隙間
二人がその隊列の中心に移動すると、タケルが門の両側に立っていた兵に向かって声を上げた。


「門を開けい―――――!」

その言葉を合図にして、ゆっくりゆっくりと門が開かれていく。


「いよいよだな」

後ろで翠が小声で囁やいた。

「いよいよだね……」

同じ言葉を返したはずなのだが、カヤの声色は翠のものとは真逆だった。

「大丈夫だよ」

カヤの気持ちを感じ取ったのか、翠が手のひらを重ね、ぎゅっと握ってくれた。

温かな指。緊張で冷え切った指先に、それが心地よかった。

大丈夫。そうだ。

翠が言うのなら、絶対に大丈夫なのだ。


「……うん、そうだよね」

大きく息を吸ったカヤは、俯いていた顔を上げた。


そして門が完全に開け放たれた時―――――カヤの耳に届いたのは、割れんばかりの歓声だった。



「わ……」

門を出た瞬間、その壮観とも言える景色にカヤは言葉を失った。

屋敷の前の往来は、溢れんばかりの人で埋め尽くされていた。

そこら中で祝いの花びらがヒラヒラと舞い、誰もがカヤ達に向かって笑顔で何かを叫んでいる。

「―――――……おめでとうございます!」

「―――――……翠様、カヤ様、おめでとうございます!」

そんな声が耳に届き、カヤの胸から何か熱いものが込み上げてきた。


(祝福されてる……)

それが分かった途端、一体先ほどまで何を不安がっていたのだろう、と思えてしまうほどに身体中の力が抜けた。


危うく零れ落ちそうになった涙を堪え、カヤは必死に顔を上げた。

目に焼き付けておきたかった。

国中の全ての人が笑っているのでは、と思えるこの光景を、ずっと覚えていたかった。



「……皆、幸せそうだね」

歓声と拍手の鳴り止まない道をゆっくりと闊歩しながら、カヤは感慨深く言った。

「そうだな」

後ろの翠が穏やかに頷いた。


「私こんな日が来るなんて、思っても無かった」

初めてこの国に連れて来られた日、絶望から逃げ出したのに、またもや絶望の中に飛び込んでしまったのだと思った。

それなのに、今のこの景色は、なんて幸せな事なのか。


「本当に夢って叶うんだね、翠」


――――幸福になりたい。

かつて願った漠然とした望みが、こうも輪郭をはっきりとさせ、この胸の中で見事な花を咲かせる。



「そうだよ、カヤ」

重ねた指を、たおやかに握って。

振り向けば、翠が何よりも愛おし気にカヤの瞳を覗き込んでいた。


絶える事のない炎を宿す揺るぎない瞳は、宝石のように光を放っている。

きっとこの双眸に見つめられた最初の瞬間から、カヤはもう焦がれていた。


「初めて会った時に言ったろ。意志の先に道は開くって」


あの日、あの時、貴方が教えてくれた。

幸福になる術を、その美しい唇で、川のせせらぎのような声で。


そうだね、と頷く。心の底から幸せだった。











私達は思い続ける必要があるのだ。

例えその儚い灯が絶え、世界が暗闇に錆び付いてしまったのだとしても、それで良い。


なぜなら逆境に耐え、足掻ききった果てに、確かに残るのだ。

強い意志から産まれ出た、その光輝く宝石が。




だから私は、在り続けたい。

その琥珀の隙間に、ずっと。





 - 完 - 


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