危ナイ隣人
ナオくんが電話をかけてきた理由を瞬時に予想しながら、通話ボタンを押す。



「もしもーし」



その答え合わせを期待して、心なしかいつもより高めのテンションになった。


だから、



『もしもし、茜ちゃん? 俺です、直也の同僚の本郷です』



受話口から聞こえてきた予想外の声に、踵のすり減ったローファーが刻んでいた軽い音はピタリと止んで。

電話の向こうにいるのがナオくんだって信じて疑わなかったから、わざわざ名乗ってくれた人の姿もすぐに思い浮かべることができなかった。



「本郷さんが……どうして? これ、ナオくんのスマホですよね」



ようやく絞り出した声は啼くように掠れていて、まるで自分のものじゃないみたいだ。


ちょうど帰宅時間の街並みは、西に沈む太陽に照らされて、まるで消防士が身にまとう服みたいにオレンジ色に染まっている。

車の音や小学生の声が聞こえているはずなのに、ぜんぶの神経がスマホを当てた右耳に集中して、他の音は何にも入ってこない。



『あのね、茜ちゃん。落ち着いて聞いて』



そう前置いた本郷さんの声は嫌に鼓膜を刺激して、脳裏に浮かんだお兄ちゃんとナオくんの笑顔が不意に重なった。


やだ、こんな時に、なんで。



『火災現場で直也が怪我して──近くの病院に緊急搬送された』



わかったつもりだった。

人を助けるために、例え火の海だろうと飛び込んでいく人だってこと、理解したつもりだった。


だけど、世界がぐにゃっと曲がって、何かの拍子にぷつんと電源が切れたみたいに目の前が真っ暗になって、



──私はやっぱり、彼のことを何一つわかってなかったのかな。





< 163 / 437 >

この作品をシェア

pagetop