青いチェリーは熟れることを知らない①
テーブルについた際、二人掛けの場所にちえりが座ったのを見計らってしっかり隣を確保した瑞貴だったが、上座とも言える一人掛けの場所に部屋の主である鳥居が腰を下ろしたため、ちえりはふたりに挟まれるような形になっていた。
締めのうどんが投入され、ひと煮立ちしたころ女子力最強の三浦が皆の器に取り分ける最中、飲み物を注いでくれたのは瑞貴だった。
「ちえり、オレンジジュースでいいか? 果汁高めだからさっぱりしてて飲みやすいだろうと思って買っておいたんだ」
キッチンへと消えて戻ってきた瑞貴の手には磨く前の宝石のように冷えたグラス。王子スマイルとグラスをありがたく受け取ったちえりは瑞貴の優しさに感激している。
「わっ! ありがとうございます! そういえばセンパイの家にお邪魔してたとき、いつもオレンジジュース飲んでた記憶が……」
「だよな。俺、ちえりがどんなのが好きか色々買い集めて観察してたんだぜ?」
「……えっ!?」
あまりの嬉しさにオレンジジュースが注がれていくグラスを持つ手がガクガクと震える。
(……あ、あの、あの瑞貴センパイが私の好みを把握しようとしてくれてたなんてっ……)
「完全にふたりの世界っていうか、締めのうどんが進むような話をもっと聞かせるのだーーっ!!」
その場にいる瑞貴とちえり、長谷川以外のふたりは完全に冷え切った目でうどんを口に運んでいる。
まるでわざと見せつけるような瑞貴の昔話に鈍感なちえりは気づかなかったが、明らかにそれは最近やたらと彼女に絡んでくる鳥居へのけん制だった。
「長谷川は何が聞きたい? 俺はちえりとの想い出ならなんでも覚えてるよ」
「そ、そんなセンパイ……」
(前はあまり皆の目でしゃべりたくないような感じだったのに……ハッ! これは……お酒の力だべかっっ!?)
恥ずかしいような、でもふたりだけの秘密にしておきたいような、ごちゃ混ぜな胸中にちえりは口ごもる。
テーブルへ左肘をついた瑞貴は優雅なラブソングを奏でるように饒舌に長谷川と盛り上がっている。相変わらず食いつきのいい長谷川の隣でつまらなそうにビールを煽るのは三浦だった。
(これじゃ皆が楽しめない……)
あまりに違う空気感にちえりは危機感を抱き、なけなしの勇気をかき集めて声を振り絞った。
「わ、わたしはっ! 三浦さんの話が聞きたいなーっ! なんて……」
突如声を張り上げたちえりに一同の視線が突き刺さる。
滝のような汗が全身から噴き出すのを実感したちえりはそれでも必死で笑顔を作りながら三浦に話を振る。
「こう……武勇伝とか、なんとか……!」
「武勇伝を語れるOLなんてそんなにいるとは思えないけどな」
独り言のように呟いた鳥居に内心"しまった!!"と思いながらも、気の利いた話題を振ることもできないちえりは次の発言が思いつかない。
「そ、そっか……そうだよね」
自爆装置の導線についた火は止まることを知らず、じわじわとちえりを追い詰めていく。
あたりがシーンと静まり返り、あまりの気まずさにテーブルの下へ隠れてしまいたいと心底思った瞬間、三浦が口を開いた。
「無理しなくてもいいのよ。若葉さんが私にこれっぽっちも興味がないこと知ってるから」
「……っ!? そそそそそんなことありませんよ!? 才色兼備な三浦さんはやっぱりお家柄も素敵なんだろうなぁとか……本当に思ってて!!」
上品で美人、イコール家柄が良い。そんなイメージが勝手に出来上がってるちえりは気の利いた一言もいえない。それもあくまで彼女を褒め称えた賛辞のひとつだったが……
「若葉さんは人を見るときそういう目で見ているの? 家柄がどうとか見てるなら最低ね」
「……っそんなつもりじゃ……」
自分の言い方が悪かったのかもしれない。
でももしかしたら玉の輿に乗ろうとして東京へ乗り込んできた不純な動機を持っていた自分の根底がそこにあるから? と、居た堪れなくなったちえりは首を横に振ることしかできない。
「なんでそんな卑屈になってんだよ。ちえりにはそう見えたってだけだろ? ちえりの言葉に裏なんかあるわけないだろ」
「センパイ……ごめんなさい。私の言い方が悪かったんです。三浦さん、私に無いものをたくさん持ってるから羨ましくて……きっとご両親も立派なんだろうなって、本当にそう思っただけなんです。気を悪くさせてしまったらすみません」
かばってくれた瑞貴にも申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
(……険悪なムードにさせちゃった……)
平謝りするちえりに長谷川がパチクリ瞬きしている。
「んーなんてーの? 考え過ぎだよ三浦っち。ちえりっちは褒めてんだよ? 貧乏っぽいなんて言われたらギョッとするけどさー? まあ、恋のライバルの言葉を斜めから捉えたくなるのはわからんでもないがねー!!」
ガハハと笑った長谷川はポンポンと三浦の肩を叩きながら明るく笑い飛ばす。
「……」
「…………」
(……恋のライバル……そっか、やっぱり三浦さんは……)
酒に酔った長谷川が漏らした言葉が頭の中をぐるぐると回り、それを理解したときには心臓を強く握りしめられたように息苦しさに見舞われたちえりを隣の瑞貴はじっと見つめている。
「…………」
瑞貴に咎められ、長谷川にも諭されてしまった三浦の気分がよいわけがない。
傍にある自分のバッグを手繰り寄せたちえりは作り笑いを顔に貼り付け、鳥居へ"お手洗い借りるね"と部屋を出た。
パタンと扉が閉まると、後ろに手をついていた瑞貴の視線が同期の女を貫いた。
「三浦、ちえりに謝れ。このままだったら俺はお前を絶対に許さないからな」
苛立ちを隠せずにいる瑞貴はちえりと自分の使った皿を片づけ始め、早くも撤収に取り掛かった。
「あんたが本気でチェリーさんをそんな風に思ってるんだとしたら、究極にひん曲がってますね。御愁傷様です」
締めのうどんが投入され、ひと煮立ちしたころ女子力最強の三浦が皆の器に取り分ける最中、飲み物を注いでくれたのは瑞貴だった。
「ちえり、オレンジジュースでいいか? 果汁高めだからさっぱりしてて飲みやすいだろうと思って買っておいたんだ」
キッチンへと消えて戻ってきた瑞貴の手には磨く前の宝石のように冷えたグラス。王子スマイルとグラスをありがたく受け取ったちえりは瑞貴の優しさに感激している。
「わっ! ありがとうございます! そういえばセンパイの家にお邪魔してたとき、いつもオレンジジュース飲んでた記憶が……」
「だよな。俺、ちえりがどんなのが好きか色々買い集めて観察してたんだぜ?」
「……えっ!?」
あまりの嬉しさにオレンジジュースが注がれていくグラスを持つ手がガクガクと震える。
(……あ、あの、あの瑞貴センパイが私の好みを把握しようとしてくれてたなんてっ……)
「完全にふたりの世界っていうか、締めのうどんが進むような話をもっと聞かせるのだーーっ!!」
その場にいる瑞貴とちえり、長谷川以外のふたりは完全に冷え切った目でうどんを口に運んでいる。
まるでわざと見せつけるような瑞貴の昔話に鈍感なちえりは気づかなかったが、明らかにそれは最近やたらと彼女に絡んでくる鳥居へのけん制だった。
「長谷川は何が聞きたい? 俺はちえりとの想い出ならなんでも覚えてるよ」
「そ、そんなセンパイ……」
(前はあまり皆の目でしゃべりたくないような感じだったのに……ハッ! これは……お酒の力だべかっっ!?)
恥ずかしいような、でもふたりだけの秘密にしておきたいような、ごちゃ混ぜな胸中にちえりは口ごもる。
テーブルへ左肘をついた瑞貴は優雅なラブソングを奏でるように饒舌に長谷川と盛り上がっている。相変わらず食いつきのいい長谷川の隣でつまらなそうにビールを煽るのは三浦だった。
(これじゃ皆が楽しめない……)
あまりに違う空気感にちえりは危機感を抱き、なけなしの勇気をかき集めて声を振り絞った。
「わ、わたしはっ! 三浦さんの話が聞きたいなーっ! なんて……」
突如声を張り上げたちえりに一同の視線が突き刺さる。
滝のような汗が全身から噴き出すのを実感したちえりはそれでも必死で笑顔を作りながら三浦に話を振る。
「こう……武勇伝とか、なんとか……!」
「武勇伝を語れるOLなんてそんなにいるとは思えないけどな」
独り言のように呟いた鳥居に内心"しまった!!"と思いながらも、気の利いた話題を振ることもできないちえりは次の発言が思いつかない。
「そ、そっか……そうだよね」
自爆装置の導線についた火は止まることを知らず、じわじわとちえりを追い詰めていく。
あたりがシーンと静まり返り、あまりの気まずさにテーブルの下へ隠れてしまいたいと心底思った瞬間、三浦が口を開いた。
「無理しなくてもいいのよ。若葉さんが私にこれっぽっちも興味がないこと知ってるから」
「……っ!? そそそそそんなことありませんよ!? 才色兼備な三浦さんはやっぱりお家柄も素敵なんだろうなぁとか……本当に思ってて!!」
上品で美人、イコール家柄が良い。そんなイメージが勝手に出来上がってるちえりは気の利いた一言もいえない。それもあくまで彼女を褒め称えた賛辞のひとつだったが……
「若葉さんは人を見るときそういう目で見ているの? 家柄がどうとか見てるなら最低ね」
「……っそんなつもりじゃ……」
自分の言い方が悪かったのかもしれない。
でももしかしたら玉の輿に乗ろうとして東京へ乗り込んできた不純な動機を持っていた自分の根底がそこにあるから? と、居た堪れなくなったちえりは首を横に振ることしかできない。
「なんでそんな卑屈になってんだよ。ちえりにはそう見えたってだけだろ? ちえりの言葉に裏なんかあるわけないだろ」
「センパイ……ごめんなさい。私の言い方が悪かったんです。三浦さん、私に無いものをたくさん持ってるから羨ましくて……きっとご両親も立派なんだろうなって、本当にそう思っただけなんです。気を悪くさせてしまったらすみません」
かばってくれた瑞貴にも申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
(……険悪なムードにさせちゃった……)
平謝りするちえりに長谷川がパチクリ瞬きしている。
「んーなんてーの? 考え過ぎだよ三浦っち。ちえりっちは褒めてんだよ? 貧乏っぽいなんて言われたらギョッとするけどさー? まあ、恋のライバルの言葉を斜めから捉えたくなるのはわからんでもないがねー!!」
ガハハと笑った長谷川はポンポンと三浦の肩を叩きながら明るく笑い飛ばす。
「……」
「…………」
(……恋のライバル……そっか、やっぱり三浦さんは……)
酒に酔った長谷川が漏らした言葉が頭の中をぐるぐると回り、それを理解したときには心臓を強く握りしめられたように息苦しさに見舞われたちえりを隣の瑞貴はじっと見つめている。
「…………」
瑞貴に咎められ、長谷川にも諭されてしまった三浦の気分がよいわけがない。
傍にある自分のバッグを手繰り寄せたちえりは作り笑いを顔に貼り付け、鳥居へ"お手洗い借りるね"と部屋を出た。
パタンと扉が閉まると、後ろに手をついていた瑞貴の視線が同期の女を貫いた。
「三浦、ちえりに謝れ。このままだったら俺はお前を絶対に許さないからな」
苛立ちを隠せずにいる瑞貴はちえりと自分の使った皿を片づけ始め、早くも撤収に取り掛かった。
「あんたが本気でチェリーさんをそんな風に思ってるんだとしたら、究極にひん曲がってますね。御愁傷様です」