青いチェリーは熟れることを知らない①
「……あら? 美雪は?」

 三人分の缶珈琲を手に戻ってきた三浦は、自分にこの買い物を頼んだ張本人がいないことに気づいて瑞貴に問う。

「帰った」

 地を見つめたまま立ち尽くす瑞貴の姿は……まるで告白に失敗した幼い少年のように小さく見える。

「……一体なんなのかしら……」

 不服な三浦はため息をつきながら、「若葉さんにでもあげて」と瑞貴へふたり分の珈琲を手渡す。
 カチッと封を開けた三浦のほろ苦い珈琲の香りがあたりを包み、しばしの静寂が流れる。

「ねぇ瑞貴……どうしたの?」

 もぬけの殻のように微動だにしない彼に不安がよぎる。

「お前は俺が好きなのか?」

 そんな言葉にも彼の表情は見えないほどに俯き、まるでまったくの関心がない他人事のように呟かれた。

「……! そ、そうよっ!! ずっと……ずっと好きだった……」

 その言葉さえ言わせてもらえない今までとは違う。
 三浦はこの時しかないとばかりに瑞貴へと近づき、あふれる想いを心の奥から吐き出す。

「だからちえりに辛く当たってたのか?」

「……それはっ……瑞貴が私に振り向いてくれるなら! 若葉さんとも普通に接する努力もするわ!!」

「そこがもう違うんだよ……」

「え……?」

「ちえりはそういうこと抜きで三浦と仲良くする努力してただろ? 自分のためにしか動かないお前とは違うんだよっ……」

 この時の瑞貴の気持ちはぐちゃぐちゃだった。
 鳥居がちえりを好きかもしれないという事実を長谷川に突きつけられ、今まで目を背けていた現実が一気に瑞貴を追い詰めている。
 怒りにも似た焦りの矛先がちえりに辛く当たっていた三浦へと向けられ、鳥居とちえりが近づくきっかけを作ってしまった自分に苛々が収まらない。

「俺を名前で呼ぶのも……もうやめてくれ。こんなことしたってお互い空しいだけだろ」

 吐き捨てるように背を向けた瑞貴は元来た道を歩き始めた。
 こうしてる間にも先に鳥居の部屋にちえりが戻ってきているかもしれない。
 長谷川に諭された瑞貴は、自分が危うい位置にいることをこの時初めて知ったのだった――。 

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