青いチェリーは熟れることを知らない①
 午前中は入社にあたっての説明や書類の記入などでそのほとんどの時間を費やしてしまったが、ようやく仮? のデスクへと案内された午前十一時半。適度な解放感を得たちえりは、瑞貴が差し入れてくれたカップの珈琲に癒されながら腰を落ち着けた。

「ちょちょっ! 若葉さん! 桜田さんと知り合いなんですか!?」

 テンション高めで話しかけてくる眼鏡女子のこの子は佐藤七海(さとうななみ)二十五歳。ちえりと同じ赤い紐の契約社員二年目の黒髪の女性だ。

「若葉ちゃんさ、どこ出身? 肌綺麗だよね~東北の人とか?」

 そして彼は中肉中背、顔もまぁまぁ悪くない一重で目元が涼げな吉川朋也(よしかわともや)。契約社員三年目で同じく赤い紐の二十九歳だった。

「あ、えっと……両方そうです」

「桜田さんって彼女いるのかな~!」

「い、いないとおも、……思いますけど」

「若葉ちゃんは? カレシいないの?」

「いません、結構前から……」

「え~じゃあ狙ってもいいと思う!?」

「え~じゃあ立候補してもいい!?」

「駄目です」

 次から次へと打ち上げられる花火のような質問に圧倒されながらも、似たようなことを吐き出したふたりへまとめて回答したちえり。すぐに"えぇ! なんで!?"という答えが返ってきたが取り合わないことに決めた。

「若葉ちゃんさっきからなに見てるの?」

 しばらく黙っていたと思った吉川朋也が興味津々といった様子で視界に割り込んできた。

「み、見てるというか。目に付く、というか……」

 嫌味を込めて放った言葉は佐藤七海の一声によって彼方へと追いやられてしまう。

「あ~! あの彼もカッコイイですよね~!!」

「今日若葉ちゃんと一緒に入って来たアイツかー!」

「……もももしかして若葉さんっ! 彼に一目惚れですかぁ!?」

 まさか同じフロアにいるとは思わず、"鳥頭"を警戒するちえりの瞳はわずかに血走っていた。

「そんなわけっ……」

「え~~!!!」

 怒りを抑えながら言いかけたちえりの声に爽やかな王子ボイスが降りかかる。

「ん? なんだ随分楽しそうだな。歓迎会の話でもしてたのか?」

(瑞貴センパイッ!!)

 上着を脱ぎ、ワイシャツを腕まくりした彼がちえりの椅子へ肘をかけながら微笑みかけてきた。間近に迫る彼の顔はとてもツヤツヤで、嗅ぎなれたコロンの香りに目がハートになってしまう。

「桜田さぁん! そうです~若葉さんの歓迎会開こうかって話してたんです~!」

「えっ!? あ、あはは……そうだったかも……」

 そんな会話は一度も出ていなかったことにちえりは驚きながらも話を合わせる。

「なら俺がおごるよ。ちえり酒飲めないから焼肉とかでいい?」

「え、でも……いいんですか? 瑞貴センパイ忙しいんじゃ……」

「さすが桜田さん! 焼肉賛成です~っ!」

「お、俺も行っていいですかっ!?」

「心配してくれてありがとな。大丈夫。じゃあ四人で予約しとくか」

 と、微笑む瑞貴の背後からひとりの男性がやってきた。

「へぇ歓迎会……? 俺も混ぜてもらっていいですか? "瑞貴先輩"」

 わざとらしく"瑞貴先輩"を強調した言葉。ゆらりと現れたソイツにちえりの髪の毛が逆立つ。

(……くっ!! "鳥頭"の気配に気づかないとはっ!!)

 己の未熟さを激しく悔いるが、瑞貴へアンテナが向いてしまっていたため致し方ない。
 すぐに警戒モードへ切り替えたちえりは考える前に言葉が飛び出る。

「なんでアンタまでっっ!!」

「よぉ……"まぐろのチェリーサン"。言っとくけど俺も新人なの。ねぇ? 瑞貴先輩、歓迎してくれますよね?」

 さしたる興味もないくせに歓迎会へ行きたがる彼へ、ちえりの眼差しは鋭さを増す。

「なっ……!」

「"まぐろのチェリーサン"って何の話? 若葉さぁ~ん? むふふっ」

 ちえりが反撃する前に眼鏡の佐藤七海がフレームを光らせながら疑惑の視線を向けてきた。

「ぐっ……」

「それはもちろん……けど、仲良くな?」

 嫌そうな表情で口籠るちえりを心配そうに瑞貴が見ており、ウフルカットの彼へ念を押しながら腕時計を見やる。

「俺は今日でもいいよ。皆の都合が合えばだけど」

「異議なしでぇすっ!!」

「全然おっけーです!」

「えぇ、俺も大丈夫です」

「……っ!!」

「……ちえりは大丈夫か?」

「……っはい、……」

(歓迎会を断るのは流石に良くないのはわかってるけど……一回だけなら我慢っっ!!)

 ぎゅっと膝の腕で拳を握りしめたちえり。
 その頭部をポンポンと撫でる優しい手に顔を上げた。

「……?」

「飯食ってすぐ解散しような。それでも駄目そうだったら俺に言って」

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