次期家元は無垢な許嫁が愛しくてたまらない
プロローグ
 平安絵巻が描かれた金屏風の前に、瑠璃色が印象的な藤垣焼という、子供がすっぽり入ってしまいそうな壺がふたつ置かれ、色鮮やかな花と湾曲した枝や木が活けられている。すべてが見事に融合し、見る者の心を奪っていた。

 その豪奢ないけばなの隣に、濃い灰色の色紋付を着た若い男性と、黒羽二重五つ紋付の白髪の老人が立ち、ふたりは握手をしている。

 身長百八十センチ超えの立派な体躯の若い男性は、老若男女問わず魅了する笑みを浮かべ、彼より二十センチほど背が低い白髪の老人は、彼らを見守っている藤垣茉莉花(ふじがき まりか)が今まで見たことがないくらい誇らしげな表情をしていた。

 主役に向けられたカメラのフラッシュが、無数にたかれる。

(お祖(じ)父(い)ちゃん、こんなにたくさんのフラッシュで気分が悪くならないかな……)

 孫である茉莉花は祖父の表情から体調を確認しようと、二重の大きな目を皿のようにする。

 なんといっても、今日は人間国宝・藤垣新右衛門(しんえもん)が焼いた花器に、東京に拠点を置く鳳花流(ほうかりゅう)の若き家元・宝来伊蕗(ほうらい いぶき)が織り成すいけばなの世界を描き出した展示会だ。

 メディアに一度も出たことのない藤垣新右衛門の登場と、鳳花流の家元かつ有能な実業家でもある伊蕗の共演は話題性たっぷりで、マスコミの人数を制限しなければならないほどだった。

 心配そうに祖父を見つめていた茉莉花は、ふと視線を感じた。祖父の隣に立つ伊蕗が、茉莉花を力強い黒い瞳で見ていた。

 彼女はニコッと、伊蕗に笑いかける。茉莉花を見つめていた伊蕗の顔が途端に変わった。口元を緩ませ、甘さのある表情になったのだ。

 なかなか見られないその顔を撮ろうと、カメラのシャッターを切る音とフラッシュが激しくなった。

 祖父の体調を心配していた茉莉花だが、自分のほうがフラッシュで眩暈を覚え、胃がざわざわし始める。

 今日の茉莉花はいけばなの展示会に相応しいように、淡い桃色の訪問着を着ていた。京都西陣織の帯の柄は、白地に松竹梅が描かれためでたいものだ。胸の辺りまである黒髪は美しく結われており、梅の髪飾りが挿されている。

 伊蕗と茉莉花は、四年前に婚約していた。

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