God bless you!~第15話「farewell~卒業」
右川亭での宴会は2次会に突入した。
古屋先生は右川との再会に驚くかと思いきや、今年になって阿木から写真を見せられ〝コレサワ〟が右川だと知ったと言う。
「いや、正直かなり驚いた」
でしょうね。
そのうち阿木との成り行きを聞きだす中、「2人の事、山下さんは知ってたんですか」と思わず尋ねたら、「2学期に入ってすぐ聞いてた」
それって、俺が塾に来てすぐ!だ。
それで最初から阿木は山下さんに好意的だったのか。
俺は危うく、別の勘違いをする所だった。
そんな話をしていたとき、ふと気づくと……こんな話題には真っ先に飛びついて根掘り葉掘りしそうな、あの右川が……大人しい。
見ると頭濡れたままジャージに体育座り、壁にもたれて眠っている。
「最近、いきなりハードだったからね」
ハルミさんが右川を横たえて、毛布を掛けた。
山下さんから、「合格祝いにいいだろう」と、俺の目の前にビールが出てきた。
阿木も古屋先生とレストランで、早くもかなり飲んだという。
遠慮せず、俺も頂く。
「カズミの前じゃ何となく、な」と山下さんの思いやりだと分かった。
合格おめでとう!と阿木と2人、気をよくした。
が!
何故か、ここでも始まった。
ハルミさんを中心に、右川右川と、やってくる。〝右川の受験あるある〟。
「このコ、とにかく逃げる。そこを、どうにかエサで引きつけて」
「エサ?お菓子ですか」
そこで阿木が吹き出した。「違うでしょ」と俯く仕種で、くくくと笑う。
「あんただよ、あんた」と、ハルミさんは、ポッキーをちくちく突いた。
またですか。俺以外で語られる色々は、俺には分からない右川の正体だ。
ハルミさんはもうかなり酒が入っていると見た。
「飲め!」とか「食え!」とか次から次へと……何て言うか、逆らえない。右川はよく戦ってこれたな、と思う。
「吉凛落ちた。新里もダメ。望みを掛けた征ヶ丘は泊りがけだったんだけど。夜になってホテルから電話してきて〝お金ばっかり使ってもったいない!〟って電話ブチ切れたと思ったら、次に掛けてきた時には急に落ち込んで〝自分は一生、テントで暮らす〟って泣き出すし。仕方ないから行ったわよ。車転がして埼玉の外れまで。飛んで埼玉よ。ほとんど栃木だけど。エサもいつまで効くんだか。あたしもヤキが回りそう」
ハルミさんは、ずいぶん、飛んでくれたらしい。
右川が何も言って来ない事もあってか、俺には知らない事ばかりだ。
逃げると決めたら、とことん。どうにもならない窮地に追い込まれても、ギリギリまで自分でどうにかしようとする。重森にちょっかいを出された時もそうだった。
どうにかしようとして、どうにもならなくて、逃げる事もできない時、
〝一生テントで暮らす〟
それは右川が言いそうな事だなと思った。その混乱ぶりが手に取るように分かる。聞いてるだけでこっちまで胸が切なくなった。
俺じゃなくていい。
ハルミさんのためにも、早くどこかに決まってくれ。
「どうあっても仕事がしたいみたいで。勉強なんかどうでもいいとか言うし。何をやるにしても大学は避けて通れないからって、刷り込むしかなくてさ。そう言う時ってさ、何て言う?」
古屋先生はしばらく考え込むと、
「そうだな。もし、僕にこの子みたいな妹がいたら」
そこで、「わ、出た」と山下さんが横槍を入れた。
何の事かと思っていると、「それが口癖なの」と阿木が添える。
〝もし僕に、君みたいな○○が居たら……〟
確か、俺もそんな事を言われたような覚えがある。
それを言うと、「え、そうだった?」と来た。
「弟が居たら、国立受けろって言うかもしれないって」
「無意識に出てんだな。ヤバいかな」と、古屋先生は頭を掻いた。
それを右川に真似される日も近いかもしれないと、俺は思った。
(ぜひ、見たい。)
「僕はどうかな。言えるとしたら、もう好きなだけ何でもやってみろ、とか」
「優しいようで、無責任なんだよね、それって」
ハルミさんは、グラスに残ったビールをぐいっと煽った。
古屋先生は項垂れている。阿木を見れば、可笑しくてしょうがないという様子で笑いを堪えていた。
古屋先生は苦笑いのまま、「学力をどうにかしたいと言われたら、協力できる事はたくさんあるけど。人生の色々は、僕らでも迷ってるから。いまだ、その道の上に居るんで」
だから上から目線で、生き方をああしろこうしろなんて、言えない。
「俺、ヤバいっす」
「え?もう酔った?」とか言いながらも、ハルミさんはさらに注いだ。
ボク、まだ、じゅうはち。
「吐きそう?」とか様子を窺いながらも、注いだグラスを取り上げてはくれない。
「いえ、そうでなくて。俺、基本的に上から目線かもしれなくて。天狗だとか、いい気になるなとか言われて。それで右川とケンカになりますから。背丈とか、もう色々と」
酒が入ったせいか、口元が怪しくなってきた。呂律が危うい。
誰かが自分の口を借りて、愚痴めいた事を言っているような錯覚に捉われる。ここまで飲んだのは、正直、初めてだ。
見ていると、山下さんは、俺どころじゃなく相当、量が入っている。
それでも顔色一つ変わらない。自分がこの年になった時、果たしてここまで余裕が備わっているだろうか……と。
「沢村くん達って、結局いつ頃から付き合ってるの」
ハルミさんに訊かれた気がして、「わかりません」と答えた。
事実そのまんま。
すると、「まだガソリンが足りないなぁ」と、またしても、でん!と注がれた。
ハルミさんには俺が45に見えているんだろうか。
「カズミちゃんと初めてのキスは?」
ちくわをマイクに見立てて、ハルミさんは興味津々で迫る。
まぁ、そこらへんまでは許そう。
「高1の春です」
これには、ほろ酔いの阿木が「え?」と目を剥き、一瞬で酒の酔いが引く。
「それって、右川さんじゃないでしょ」
恐らく、酒のせいで朝比奈と間違えたと思っているんだろう。
俺は、制服のタイを、少し緩めた。
「いや。右川と。高1の春」
阿木はチーズをつまんだまま、固まっている。
俺を見る目が、ケダモノ!と聞こえた気がした。
山下さんは、「何だ、それならそうと早く言ってくれれば」
ハルミさんも、「ホントだよ。あたし達、こそこそ隠れて会う必要なかったね」
2人とも、相当、右川には気を使っていたと知る。
「だけどその頃はまだ、はっきりした付き合いって訳じゃないというか」
「つまり、右川さんと二股?」と、阿木がささやいた。恐らく、朝比奈の事を言ったと思われる。囁いてくれたとこ悪いんだが、十分、周りに聞こえた。その証拠に、「まさか沢村くんに限ってそんな。ね?」と、古屋先生までもが興味深々で身を乗り出してくる。
「そうじゃないんです。って、そこらへんの説明がムズいな」
「じゃ、その後も……右川さんと二股?」と、再び来て、これは恐らく桂木の事だろう。
「また?別の女の子?」と、古屋先生の目には、俺に向かう疑惑で満々だった。
「人聞き悪い事いうなよ。って……やっぱりどういえばいいのか、ムズいですね」
桂木の件は、右川の陰謀だ。二股二股と続いて、俺はどんだけゲスなのか。敬語も何もゴチャ混ぜになり、俺はもう、古屋先生をまともに見る事が出来ない。さすがに酔いが回ることもあって。
「だけど、選挙の時は右川さんと……確か、もういい雰囲気だったわよね?」
こいつは覗いた女です!と古屋先生にチクりたくなった。
「こうなったら最初から沢村くんに語らせないと!」
ハルミさんの仕切りが入り、飲め飲めと酒の魔力も手伝って、ここから大暴露大会になった。
俺の屈辱の歴史。阿木も知らないであろう数々の重森事件の真相。
文化祭、選挙、付属とのイベント。藤谷とガチ戦った右川の本性。
さっきのレポートの反動が勢いを付けた。
くそダサいとか、ツマんない仏像だとか、彼氏に向けた暴言の数々。
「それが面白いんですよね。困った事に」
阿木よ、おまえもだ。
陰でどう真似されているか、知っているのか。
(あはは!と笑う山下さんもだ。)
加えて、最近の港北大試験前のとんでもない台詞も、もれなく聞かせた。
それには、特に古屋先生が醤油をこぼすほどの動揺を見せ、山下さん夫婦は飛び上がって手を叩いて、転げ回っての大爆笑だった。
右川はそれでも起きなかった。
語り尽くしたと思われた時だった。古屋先生の1言が心にしみる。
「カズミちゃんて子は、幸せだなぁ」
まったくだ。誰だってそう思うだろう。
「例えボコボコになっても、どうにか立ち上がる。そういった自信のもとに挑戦が生まれる。仲間とか、恋人とか、家族とか、そこに彼女自身の性格も含めて、恵まれた状況にあるという確信がある。例えそれがいかなる挑戦であっても、何も怖れる事など無い……幸せだな」
俺の認識とはまた別の次元に、古屋先生の意図があった。
酒のせいか、こっちの頭がうまく働かない。聞き捨てならない大事な事を聞いたようにも感じて、俺は何度も頭を振った。
飲み過ぎた後悔とともに、ここで初めて水を煽る。
「で、やっぱ、あの日のクリスマスには、とうとう越えたの?」
それは、氷水がキーンと脳天に直撃した頃合いだった。
「いいえ」
「え?まだ?」と、まだまだハルミさんは迫ってくる。
「そこらへんはもう許してやれよ」と、山下さんが笑いながら抑えた。
実は、生徒会室で……その事実を知ったら、それこそ阿木は破裂するだろう。
いくら酔っても理性はある。いつかのように、止まる事は無い。
「それは秘密です」
冷静に、フッ飛ばした。
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