恋は小説よりも奇なり

こんなことでもなければ二度と伝えられないかもしれない。


満は書店の袋から買ったばかりの小説を慌しく取り出した。

そして、それを頭の上に掲げ、大きく息を吸い込む。

「あの!!」と渾身(こんしん)の力を込めて満が声を掛けると、歩いていた奏が振り返った。

「この小説で私はあなたに初めて出逢いました!ずっと手元に置いておきたくて買ったんです。
私は武長 奏先生が書く小説が大好きで、これからも沢山読んでもっと大好きになります!だから……頑張って下さい」

満の真っ直ぐで迷いの無い言葉が奏の胸の奥へ届く。

手元に送られてくる数多くのファンレターとも飽き飽きするほどの社交辞令とも違う。

心からの言葉をこんなにもストレートに伝えられたのは、武長 奏の人生の中で二度目だった。

「……そうか」

奏は短く返事を返すだけだった。

気の利いた台詞も思い浮かばない。

結局、そこから一つも会話が生まれないまま、出逢ったばかりの二人は違う道をそれぞれが歩き出した。
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