偶然でも運命でもない
11.君は誰が為に紅を纏う
「あ、新色出てる。」
改札からホームに向かう途中、小さなドラッグストアの前で響子は足を止めた。
「ねえ、ちょっとみていい?」
そう言って、隣を歩く大河を見上げる。
別に待ち合わせていたわけじゃない。この後に何か予定があるわけでもない。
ただ、いつものように、改札前でばったり会って、なんとなく一緒に帰る流れになっただけだ。
「うん。俺、ここで待ってるから。」
そう言って、近くにあった柱にもたれて、ポケットからスマホを取り出す。
溜まったメッセージに既読をつけながら、それぞれに適当なスタンプを送信する。
グループでの会話は追わない。一対一のメッセージは、あとでゆっくり返信する事にして、ポケットにスマホを戻す。
ドラッグストアの入り口。壁に貼られた口紅の広告。ポスターのモデルはカレンという女優で、大河には彼女の良さがイマイチわからないが、クラスの男子の中でも人気があった。
ポスターの中で微笑む彼女は、花弁みたいな唇をしていた。
赤というには明るい、ピンクというには濃く深い色。
《kissよりも、深く》
その文字を、口の中だけで読んで、小さく溜息をつく。
響子の口元を思い浮かべる。
肌の色に少しだけ赤みの差す艶々と濡れたような唇。あれも、何か塗っているのだろうか……?
そういえば、クラスの女子達はデートの時は色付きって話をしていた。
それなら、響子さんも、デートの時は花弁みたいな色の口紅をつけるのだろうか?
俺は、仕事じゃない日の響子さんを知らない。
休日に会おうと誘っても、多分、はぐらかされるだろう。
それどころか、連絡先だって知らないままだというのに。
「おまたせ。」
袖を引かれて、顔を上げると、いつの間にか響子が立っていた。
手には小さな紙袋を提げている。
「何か買ったの?」
「あれ。」
そういって、響子は壁のポスターを指し示す。
「どの色?」
ポスターの隅に、色違いの口紅の写真がいくつか並んでいる。
どれも、花弁みたいな深い色のピンクであることに変わりはない。
「ピンクバーガンディ。」
「……それ、何色なの?」
歩き出した響子を追いかける。
大河の歩幅では、すぐに追いついてしまう。
並んで、歩くペースをゆっくりに落として響子に合わせる。
ピンクバーガンディって、それはピンクなのか、ピンクではないのか……。
バーガンディってなんだ……?
そもそもピンクって、たくさんある。
もしかして、あれに全部、名前があるのか。
「……女の人ってさ、そのピンクなんたらって、全部区別つくの?」
「え?」
振り返ってこちらを見上げる響子は、不思議そうな顔をした。
「男の子ってさ、ロボットとか、スポーツカーとか……あと、クワガタとか。そういうの色とか形だけでも区別つくでしょ?」
「うん。まあ、大体は。」
「私は、そういうの区別つかないけど。化粧品とか、靴とか、見たらわかるよ。」
響子の言うことは、なんとなく理解できる。
つまり、興味のあるものなら、些細な区別もつくってことだろう。
響子が口紅を塗る姿を想像してみる。
ピンクバーガンディがどんな色なのか自分にはわからないが、ポスターのカレンのつけていた深いピンクの口紅は響子によく似合うと思う。
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