偶然でも運命でもない
28.エンドロール
「えっ……やだ……来ないでっ!!」
響子が震える声で叫んで、立ち止まった。
大河は、慌てて、銃を構えながら響子に駆け寄る。
走りながら、響子に手を伸ばすヒトの形をした何かの頭部を正確に狙い、ワンショットで仕留める。
響子と背中併せに立って、互いの背後を守るように身を寄せる。
「大丈夫。あと少しだから。」
目指す建物の影に敵の姿がないことを確認し、響子を振り返った。
「あそこまで走れる?」
響子は黙ったまま、視線の先に落ちた“かつて敵だったもの”から目を離さずに頷く。
せーので走り出す。滑り込むように壁に隠れると、隣の響子の息が上がっているのに気付いた。
上気した頬。額にじわりと汗が滲んでいる。
どうして、こんなことになってしまったんだろう……。
「ほんとに、大丈夫?」
「ちょっとこわいけど、大丈夫。」
「あんだけ叫んでちょっとって……」
大河が苦笑すると、響子は真顔でこちらを振り返って「笑ってる場合じゃないよ」と呟いた。
射程範囲に敵の入ったことを示す警告音に、ぐるりと辺りを見回す。
「大河くん、上!!」
響子は頭上に向かってトリガーを引くが、一発も当たらない。
横から素早く狙いを定めて撃ち落とすと、置き土産とばかりに体液をかけられた。
「ゃ…ぁ……熱い!ヌルヌルするっ!!」
ぬるりと糸を引く液体を浴び、悲鳴を上げて動かなくなった響子の身体を掴み、ドアを開けて中に引きずり込むようにして建物に入る。
「いや、熱くはないでしょ。」
「えっ、熱いよ、きっと。だって、あのヌルヌルしたやつ火傷のマーク付くじゃん。」
確かにゲームの中の響子は粘性の液体を浴びて、ステータスに火傷のマークが表示されている。実際は熱くもなければヌルヌルもしない。
イメージだけで、よくあれだけの悲鳴が挙げられるな、と呆れを通り越して少し感心した。
「そもそも、化学火傷なら炎症起こすけど熱くないでしょ。」
「そういうもんなの!?」
話しながら素早くアイテムを選択して、ステータス異常からの回復を図る。
あとは、屋上への鍵を開けて、待機しているヘリに乗るだけだ。
「あっ……だめ……!」
「今度は何!?」
「やだ……指……中に入ってきちゃう……」
「……は?」
……指が中に入る?
切羽詰まった響子の声に、あらぬ妄想が脳裏をよぎる。
「後ろ!!」
響子に背中を叩かれて、我に返る。
振り返ると開きっぱなしのドアの向こうから壁を掴む無数の指先が見えた。
このゲームって、こんなにストレス溜まるもんだっけ……。
ゲームセンターの広くて狭い機体の中。ドーム型の空間には、自分達を中心に架空世界が広がる。
動きやすいようにジャケットを脱いで腕まくりをした響子のブラウスは、今日も胸元が深く開いている。パンプスを脱いで操作パネルを直に踏む、ストッキングに透ける小さな足。タイトスカートで銃を構えるその姿は凛々しいが、射撃の腕はへっぽこである。
至近距離で響子が声を上げ、乱れた呼吸を整えようと息をつく度に、脳裏にチラつく余計な感情。
今は考えないようにして早く脱出しよう、そう心に決め、視界の隅で残弾を確認する。
なるべく消費しないようにと進めてきたおかげで、たっぷり残っているそれを手持ちの武器に装填すると、響子に鍵を渡した。
「合図するから、響子さんは階段を上がって鍵を開けて。何があっても足を止めないで。上まで全力で走って。」
この建物には、階段の最初の5段にトラップのスイッチが仕込まれている。響子は射撃は苦手だが、走る跳ぶ等の動作は大河よりも上手い。響子を走らせて自分が護衛に回れば、罠が発動する前に扉を開けて外に出ることが出来るだろう。
響子の攻撃が頼りにならない限り、クリアする方法はそれしかない。
「階段、盾にするものないよ。」
「大丈夫。響子さんは、俺が全力で守るから。」
「わ。かっこいい。言われてみたい、ゲームじゃないとこで。」
「ゲームじゃなかったら、響子さんは守らなくても生きていけそうじゃん。」
「それはよく言われる。」
響子は笑いながら、大河の合図を待つ。
敵には申し訳ないが、彼等には俺のストレスのはけ口になってもらおう。
来いよ。相手をしてやる。
そう思って、引き金に指をかける。
狙いは壁の向こう、何体残ってるか知らないけど。
ゆっくり息を吸った。
「3…2…1…Go!」
掛け声と共に走り出し階段をダッシュで駆け上る響子を横目に、壁に向けて弾を撃ち込む。
「クッソ、めんどくせぇ!!」
俺が。俺自身が。めんどくさい。
どんなに仲良くなっても近づけない。
無防備な姿を晒す響子を抱きしめる事も出来なくて。
ゲームの中じゃなくたって、俺が守るって言えばいいのに。
「ああ、もう!!鬱陶しい!!」
……俺が。
叫んで、後ろ向きに階段を登りながら、攻撃の手は休めない。
背後で響子がドアを開けた。
揺れる視界を無視してそのドアに滑り込み、屋上に止まっていたヘリに乗り込む。
音楽が切り替わり、エンドロールが流れだした。
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