偶然でも運命でもない
46.誤解
「響子さん、ごめん!」
拝むように手を合わせて頭を下げる大河を、まっすぐに見下ろして、“この子、つむじが2つあるんだな……”と、どうでもいいことを考える。
「べつに。大河くんが謝るようなことじゃないでしょ。知らんけど。」
「でも、俺が、周りが見えてなかったから。響子さんに迷惑かけたでしょ?」
今も周りが見えてないでしょ。冗談も通じないし。
思わず苦笑するが、大河にはそれすらも見えていないようだった。
「あのね。……今、ここで。人通りの多い駅のホームで。制服を着た高校生にデカい声でひたすら謝られる方が、ずっと迷惑だけど。……目立つし。」
「あっ!……ごめん……。」
慌てて顔をあげて、今度は小さい声で呟くように謝る大河を見て、響子は何度目かの溜め息をついた。さっきから、通行人の視線が刺さる。無遠慮にこちらを振り返る人までいて、みんな他人の痴話喧嘩の何にそんなに興味があるのだろう?と、訊いてみたくもなる。
「で。何で私、謝られてるの?」
「……学校のやつらに、見られたんです。俺が、女の人と抱き合ってたって噂になってて。」
「抱き合ってたの?女の人と。へぇ。」
わざと冷たい声を出して視線を逸らすと、大河は慌てたように手を動かしてその視線の先に回り込んでくる。
「まって。響子さんだよ?他に居ないよ?」
「うん。知ってる。……で?」
「海都が、余計なこと言っちゃって。」
「うん。」
「そしたら、あいつら“その人、見かけたら、声かけてもいい?”って。駄目って言ったんだけど。」
「海都くんは何て?」
「響子さんのこと“ただの友達。彼氏は居ない。大河は相手にされてない”って。」
「へぇ。」
「……事実だけど。」
「ふぅん。事実なの?」
響子の適当な返事に、大河は慌てたり言い訳したりと忙しい。
必死な大河のリアクションがだんだんと面白くなってきて、顔に出ないように笑いを耐えた。
「響子さん!……まって。それ、なんの話です?事実じゃないの、どこ?どれ!?」
「いいじゃない。べつに。……たいしたことじゃないし。」
「よくないです。俺には重要なんです。」
目撃されたのがいつのことかは知らないが、大河に抱き付いたのも、抱きしめられたのも、事実だ。
響子に彼氏が居ないのも、大河を友達のひとりだと思っているのも事実だ。
大河のことを恋愛対象として相手にしていないわけではないけど、それは、きっと彼には伝わらない。……伝わって欲しくもない。
「よくわかんないけど。つまり、大河くんと私が抱き合っていたのを学校のお友達に見られて、大河くんがからかわれたってことね。」「うん。……うん?……俺、からかわれてる?」
「だって、相手は私のこと知らないでしょ?」
「まあ、目撃したやつじゃなければ。」
「ほら。声かけようがないじゃない。」
「……変なやつに絡まれたりしてない?」
「してない。今、大河くんに絡まれてる以外は。」
「俺、変なやつ?」
「側から見たら。」
「響子さん、俺、迷惑じゃない?」
「……ごめん。今は、ちょっとだけ、迷惑。」
こちらを見て、絶望的な顔をする大河に、笑顔を見せる。
「うそうそ。大丈夫。迷惑じゃないよ。」
「ほんとに?」
「ほんとに。いいじゃん、噂なんてどうでも。それに、たとえ、話かけられても迷惑だと思うのは、大河くんに対してじゃないよ。」
「……うん。」
「私のことは気にしないでも大丈夫だよ。……それより、大河くんこそ、迷惑だったんじゃない?こんなオバサンと誤解されて。」
高校生って、恋愛とか噂話とか気にする年頃だよね。
きっと、相手が見るからに年上だったから、からかわれたんだろう。そう思うと、急に申し訳なく感じて俯く。
「響子さんはオバサンなんかじゃないです。」
「そう?でも、誤解されて迷惑だったんじゃないの?」
「そんなことないです。」
「そう。てっきり、自分が嫌だったから私も嫌だろうと思って謝ったのかと思った。」
「違います!……ただ、迷惑かけたら嫌だなって。」
「大河くんて、苦労性よねぇ。」
まっすぐにこちらを見つめる大河を見て、響子は思わず呟いた。
先回りし過ぎて起こらぬ迷惑を心配する姿は、しみじみと優しいなと思う。
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