Beast Love
「家庭教師のおままごとなんてしている暇、お前には無いだろう。こうしている間にも、賢い子たちは受験対策に勤しんでいるんだぞ? 父さんはな、お前の将来を心配して……」


「……俺は、アンタの下僕じゃない」


「なに?」


野菜を切る手を止めて、母が心配そうにこちらを見ている。


「俺が今のクラスに進級希望を出した時もそうだ。父さんは俺なんか見ちゃいない。”自分の跡取り”の心配だけをしていた。悪いけど俺は、医者になんかならない」



今まで友達づきあいに口を出されても、なんとも思わなかったのに……。


でも、こんな捻くれた自分でもありのままを受け入れてくれて、教えたことに対して実直にぶつかって来てくれるアイツらを貶されたのが……どうしようもなく腹立たしかったんだ。


自分の生徒を貶された時の教師って、こんな気持ちなのだろうか。


「俺が勉強教えてる奴らは、みんな良い奴らなんだ。知った風な口、聞かないでくれ」


親に反抗するなんて、初めてだった。


「透! お前まさか、前に言っていた”教師”になりたいって夢、諦めてなかったのか……? ダメだダメだ、お前は医者になって、父さんと同じように多くの人の命を救うん……」


「自分の息子の夢すら否定するような親の言うことなんて、聞けるかよ……っ!」


握り締めていた拳から力を抜き、そのまま玄関へと走る。


「ちょっと透! 待ちなさいっ、」


追い掛けてくる母を振り返りもせずに、俺は感情のままに家から飛び出した。



初めての家出は、今にも降ってきそうな雨の匂いがした。

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