恋は、秘密主義につき。
佐瀬さんは無言のまま、物憂げに髪を掻き上げる仕草で。目が合い、素っ気なくひと言「・・・帰るぞ」。

征士君から一方的にぶつけられたことには一切触れず、変わらない表情の裏側に何を思ったのかは読み取れません。
いつも飄々と受け流しているように見えていても。心が鉄や鉛でできているわけじゃないから。
跳ね返せるくらい強靱だったとしても。当たった場所に掠り傷は付くはずだから。

ただこれだけ。伝えておきたいと思いました。

「・・・佐瀬さん」

緩く行き交う人波の中を肩を抱かれて歩きながら、横目だけがこっちに流される。

「私を置いていったりしないでください」

「・・・・・・オレが、ンなお人好しに見えてンのか?」

低い声がしたか否や。いきなり抱き寄せられて脚がもつれ、佐瀬さんの胸元にすがるように。そのまま躰が反転して気が付けば、壁ドンされていました。

頭の上すれすれに片手をつき、少し前屈み加減の至近距離で私を見下ろす貴方。
通路の端とはいえ、それなりの往来があるのも(はばか)らないで。
天井のダウンライトが顔に影を落としていて、容赦なくベッドに沈められた時のワンシーンと瞬間、交差した。

「・・・一生つないで閉じ込めとくか」

細めた目が無慈悲に私を貫く。

「どこにも行けねぇように」

冷たく聞こえたのに。耳の奥から忍び込んだ見えない手で、鷲掴みにされた心臓が叫ぶように。きゅうと鳴いた。
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