そのままの君が好き〜その恋の行方〜
12月、先生と呼ばれるような、普段は落ち着いている人でも、慌ただしく走り出すほど忙しい月だから「師走」なのだそうだ。


俺が関わらせてもらっている流通業界も、例外ではない。というより、1年の浮沈がこの1ヵ月に掛かっているといっても、過言ではないのだ。この時期の日用品売場のテ-マは「大掃除」。普段、衣料洗剤の影に隠れている、住居洗剤が一挙に主役に躍り出る。


ラップでは、約半数のシェアを誇るわが社も、洗剤に関しては、K社、L社といった老舗に後れをとっている。と言って彼らの後追いをしても勝ち目はない。そこでわが社が商品開発で掲げたコンセプトが「自然に優しい」だった。自然素材の商品で人に優しい、環境に優しい商品を開発してきた。


ジワリジワリと浸透はして来ている手ごたえはあった。そして、ついに取引先の一社と年末にかけて、大きく売り込みを図る企画がOKになった。この報に、どっと沸き立った我々は、11月半ばには、売場を立ち上げ、態勢を整えた。


それから2週間余り、動きは予想を下回っていた。自然素材の商品は、従来品に比べて、どうしても単価が上がる。だからこそこの年末に売り上げを伸ばせれば、利益も確保できる。ウチにはもちろん、取引先にも悪い話ではないはずなのだが、現実は厳しい。


この時期に、こんな動きの悪い商品で売場を埋めててもしょうがないでしょ、という老舗社の巻き返しも当然あり、一部の店舗では、本部の意向を離れて、こちらの商品を現場判断で縮小し、老舗社の商品を拡大する動きが出て来ていた。


「おい、沖田聞いてるのか?」


危機感を覚えた本社担当が、我々ラウンダ-との緊急ミ-ティングを開催したのは、そんな状況の時だった。そしてそのミ-ティングの途中、俺は久し振りに会った金沢さんの怒声を浴びた。


「は、はい。」


「お前の担当してるO店は大丈夫なのか?あそこの担当者はベテランだから、油断してると、勝手なことされるぞ。向こうの本社も、O店の売り上げには注目してる。当然わかってるだろうな?」


「明日、さっそく確認します。」


「明日じゃ遅い。ミ-ティング終わったらすぐ電話で確認しろ。ヤバそうだったら、明日朝一で乗り込め。場合によっては、マネキンの投入スケジュ-ル調整して、前倒しするから、なんとしても今の売場を維持しろ。いいな?」


「わかりました。」


かつての新人教育の時のように、どやされた俺は、思わず首をすくめた。
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